図説 わかるメンテナンス
土木・環境・社会基盤施設の維持管理

 構造物のメンテナンスは、構造物を長持ちさせて使いこなすために必要不可欠な行為です。わが国においては、高度経済成長期を全盛期として集中的に社会基盤施設を整備してきました。これらの施設・構造物を良好な状態で維持するために、構造物のメンテナンスは重要な課題になっているのです。わが国のみならず諸外国においてもメンテナンス分野の基準(ルール)の整備、学術分野の形成と体系化、技術者教育制度の整備など急速な展開がなされています。まさにメンテナンス分野は世界的な成長分野であるといえます。
 わが国の土木学会コンクリート工学分野においては、このようなメンテナンスに対応する日本語として「維持管理」という用語をこれまで使用してきました。しかしながら、この「維持管理」は、本来、「メンテナンス」に加えて、予算検討やメンテナンスを最適かつ効率的に実行する行為を表す「マネジメント」を含むべき用語であります。今後、「維持管理」は、そのような用語の使い方に変わっていくものと思われます。本書では、混乱を避けるために、基本的に「メンテナンス」「マネジメント」という用語を使用することとし、必要な場合にのみ「維持管理」という用語を使用します。また本書では、メンテナンスを主体的に取扱い、マネジメントについては概要のみを紹介するという内容で構成しています。
 さて、メンテナンス工学は、基礎土木工学から応用土木工学分野を包含する広範囲かつ高難易度の工学領域であるといえ、これまでにまとめられた専門書の多くも難易度・専門性が高く、詳細な講義はもっぱら大学院レベルで行われることが多かったともいえます。しかしながら、社会的なニーズから広く大学などの学部学生に対しても、基礎的かつ詳細なメンテナンス工学教育を行うことが必要とされ、従来の材料学、コンクリート工学、鋼構造工学、橋梁工学などの科目のなかでメンテナンスの内容について触れられたり、最近は、メンテナンス単独の科目を設定する大学も増えてきています。このような状況のもと、メンテナンスに関する基礎教育用のテキストを必要とすることが多いにもかかわらず、基礎的なテキストがほとんど存在しない現状であります。
 そこで、本書は、大学などの学部学生を主な対象とした構造物のメンテナンスに関する講義に対応したテキストとして使用できるよう、メンテナンスの基礎と応用について、図表を多用しながら、わかりやすく、体系的にまとめたものであります。また、本書では、全構造物の領域について網羅的にまとめるのではなく、比較的メンテナンス技術が進んでいる鋼およびコンクリート構造物を対象として取り上げ、メンテナンスの概念から基礎、応用に至るまで体系的な流れに沿って理解ができるようにまとめています。各章の流れは次のとおりで、各章のなかで鋼構造物とコンクリート構造物を対比しながら理解を進めていけるように配慮しています。

 1章 メンテナンスの現状と課題
 2章 構造物の機能・性能とメンテナンスの基本
 3章 構造物の劣化──症状としくみ
 4章 構造物の点検の方法
 5章 劣化予測・評価の方法
 6章 補修・補強の方法
 7章 構造物のマネジメント

 また、最新の知見についても、コラムで紹介する形で学ぶことができるようにしています。本書の内容は、15回の講義の内、12〜13回でカバーできるものとしており、この他に講義ご担当の先生方独自の身近なケーススタディの事例と併せていただくとより効果的な講義が構成できると考えています。
 本書で使用している用語については、いわゆるメンテナンス工学分野における専門用語(学会などで規定されている用語や慣用的に使用されている用語)を多用するのではなく、敢えて一般用語も含む形でわかりやすく表現し、メンテナンスの考え方や方法論を理解させることに主眼を置いています。したがって、詳細な専門用語の習得については、他書に譲るものとします。また、鋼とコンクリート構造物の分野でメンテナンスの手法が異なる部分も多いため、それぞれの特徴に対応したまとめ方をしています。さらに、鋼とコンクリート構造物の分野で、慣用的に用語の使い方やニュアンスが異なる場合がありますが、これらは敢えて統一せずに、それぞれの分野で異なるものとして使用しています。これらの違いについても対比しながら理解できるようにしており、これら二大領域でのメンテナンスについてまとめて理解・習得することはひじょうに重要であると考えています。
 このような考え方のもと、鋼構造工学分野とコンクリート工学分野での研究の最前線におられる関西圏の大学の先生方に執筆およびサポートをお願いし、ここにまとめることができました。このことはメンテナンス教育の領域にとって大きな成果であるといえます。メンテナンス工学分野における応用領域は日々進歩しています。本書をメンテナンスの基礎テキストとして今後さらに成長させていくことも重要であると考えています。さらには本書で学んだ読者のみなさんが、将来、メンテナンス工学分野を大きく発展させていただくことを切に望んでいます。
 本書のイラストを担当して頂いた野村彰氏には、読者の視点に立ったイラストを創造していただき、また学芸出版社の井口夏実氏には編集にあたり、献身的な努力のみならず、読者の視点に立った多くの指摘をいただき、学ぶ意欲に訴える柔らかいイメージを本書にもたせることができました。ここに厚くお礼申し上げます。
 2010年11月 

監修 宮川豊章(京都大学)
編者 森川英典(神戸大学)