生物多様性をめざすまちづくり
ニュージーランドの環境緑化

はじめに


新たなまちづくりの枠組み

 本書は「生物多様性」と「まちづくり」という、一見関係の薄い二つの言葉をタイトルに掲げている。私は元々、ニュージーランド(以降、NZとする)の美しい景観や楽しいまちづくりの話を書きたいと構想をあたためてきた。しかし、今、環境の危機を見つめたとき、私たちの生活をどのように方向転換していけばよいかは、さし迫った課題だ。そういった問題意識の中で、もう一度NZの景観やまちづくりを見直してみると、そこでは、今ある危機を深くえぐりだすかのように、自然を見つめ直し、自然と共に生きていこうという強い意志が、国の制度や普段の生活に浸透していることに驚きを感じないわけにはいかなかった。
 暮らしのいろいろなシーンで、あるいはまちづくりの制度の中で、そして環境問題に対して、決然とそれまでの哲学を転換して、新たな生活やまちづくりの枠組みを構築していこうとする姿勢が随所に見られるのだ。
 本書は、ぜひそれらの数々の事例を、わが国のまちづくりに関わっている専門家や、これからの生活を見直しながら、楽しく緑や生きものと関わっていこうとしている市民に伝えたいと願ったものである。

生態系の危機

 現在、環境問題という言葉に代表される自然や生活における危機は、地球温暖化や環境汚染、あるいは絶滅危惧種といわれる一定の生物の存続の危機など、多岐にわたっている。なかでも、多くの種類の生物がその存続を危うくされているなか、生物多様性を目的とした地域環境の保全は大きな課題である。私たちの生活が、衣食住、そのいずれをとっても、膨大な数の動物や植物の恩恵に浴していることは、誰の目にも明らかである。そのような生態系の、大きく分厚い網によって、私たちの生活が支えられている仕組みのようなものを、生態系サービスという言い方をする。それは、国土の中で、森林や平地、海岸沿いなど、さまざまな場所で生息する、小さな昆虫から鳥、魚などの生きものたち、そしてもちろん植物などがつくりあげている生態系が、私たちの生活を支える根幹となっていることを意味する。それにもかかわらず、誰も気にもしないかのように、多くの生きものが姿を消していったり、それまでそこで育まれてきた生きものとは違う種類のものに変わったりしているのだ。しかし、環境を守るために、人間の行為を規制や抑制ばかりしていても、現実には困難が伴う。もっと生活を楽しみながら、生きた生態系に触れられる活動ができないものだろうか。

哲学の転換

 NZは、自然豊かな景観やクライストチャーチなどの美しいガーデンシティなどを有し、観光立国、環境立国として有名である。日本の4分の3ほどの国土に、人口は430万人余と少なく、豊かな自然やガーデニングを楽しむライフスタイルに惹かれて、日本人が好んで出かける国の一つである。19世紀にイギリスから移住してきた人々が伝えてきた庭園文化や自然観が根強く残っている。
 しかし今、まちづくりの中で、新たな独自のアイデンティティが模索されつつある。それは、環境や自然の保全と合わせて考えられているもので、生きものに対しては生物多様性を目指した考え方への転換が、至る所に示されている。「哲学の転換」という言葉が公の文章の中で謳われ、新たなまちづくりへの挑戦として語られることも多い。NZでは、1980年代から経済危機や行政改革を乗り越えながら、現在の政治の仕組みや市民参加の手法をつくってきた。経済の停滞や行政改革への期待など、わが国が今抱える課題をすでに何年も前から経験してきた国でもある。それらの経験の中で、いくつもの発想の転換がなされてきた。
 豊かな四季の移り変わりや先住民のマオリが持つ自然観など、私たちにも馴染みやすい背景を持つ国で取り組まれてきた大胆な発想の転換や法律の改正などは、参考にすべき点が多い。たとえば、資源管理法とよばれる、60余の環境に関わる法律を統合した新しい法律は、NZの行政や民間が関わる数多くの事業の方向性を変えてきた。単一的な開発=発展という選択肢から、話しあいによって環境とどのように折りあいをつけるかという複層的な選択肢への移行もその一つである。
 地方自治法や公園に関わるリザーブ法は、公有財産のマネジメントプランを策定すべきと規定している。自然豊かな国の中で、公園緑地をはじめとする広大な公有財産をどのようにマネジメントして境の保全や市民の福利厚生を図っていくかが共有すべき課題として位置づけられている。
  
 私はここ数年、継続的にNZに出かけ、造園、環境、まちづくりの関係者に話を聞き、NZの新しいムーブメントの現場を見て歩いた。本書ではそこで知り得たさまざまな事例を通じて、人々が新たな発想を持ってどのように自然と共生する取り組みを行っているかを紹介したい。生命を慈しみ、より良い環境を守り育てる暮らしを楽しむことが、人生の喜びに通じることをNZの人々は教えてくれる。
 第1部では、生物多様性を目指した身近なまちづくりを、また第2部では、公園のマネジメントという領域の中で、豊かな自然とそれを活用する仕組みづくりや実践を紹介し、そして第3部では、コミュニティに息づく共生の精神に環境立国成立の要因を探る。いくつかのテーマに分けて記述しているので、読者の興味のあるところから読み進めていかれるとよいと思う。