まちづくりコーディネーター


コミュニケーション能力を磨く(あとがきにかえて)

 私は過去15年間、社会学、文学、法学などを専攻する学生たち、つまり、文社系学生たちを対象に「まちづくり」に関する講義を行ってきた。工学部の建築学科で学んだ私が文社系学生を対象に「まちづくり」を語ることに当初は不安を抱いていたのだが、幸いなことに、多くの学生が「まちづくり」に興味を示してくれた。たとえば、京町家の保存や再生に関する講義をすると、みんな瞳をキラキラ輝かせながら聞いてくれる。そして、積極的に質問を発したり、持論を披露したりもしてくれる。フィールドワークの課題を出すと、面倒がらず、嬉々として、熱心に取り組んでくれる。一昔前だと、この種のテーマは建築学を選考する学生たちの独壇場であったが、最近では、「まちづくり」に関わるシンポジウムやイベントに文社系の学生たちも関心を持って参加している。とても嬉しいことである。
 
 だが、他方で、私を悩ます問題も発生する。私の担当科目を受講して「まちづくり」に興味を示してくれる学生が増えるのはとてもありがたいことなのだが、毎年必ずといっていいほど、何人かの学生が私の研究室を訪れ次のような思いを打ち明けてくれる。
 「先生の講義を聞いてまちづくりに興味を持ちましたので、ぜひ、その分野で就職先を見つけたいと思います」「どうすればまちづくりの現場で働けるか教えてください」。
 その度ごとに私は忸怩たる思いに駆られる。そしてこう応える。「まちづくりでは食っていけないので、もっと真っ当な就職活動をしなさい」と。私の言葉を聞いた学生たちは落胆し、失望感と不信感を顕にする。彼らの表情は私にこう訴えかけている。「それならば、なぜ、あなたは私たちにこのような講義をしているのか」と。私は説明をさらに付け加える。プロとして「まちづくり」の仕事に就こうと思うのなら、公務員になるか、建築系土木系のコンサルタント会社に勤めるか、あるいは研究者になるか、その程度しか道はない。ところが、仮に公務員になったとしても、必ずしも「まちづくり」の現場に配属されるとは限らない。様々な部署を転々とし、運がよければ、公務員人生のうちの3年間程度、そのような部署に配属されることがあるかもしれない。他方、建築系土木系のコンサルタント会社は、やなり、工学部出身者が有利である。ごく僅かに、「まちづくり」を専門とするプランナーが存在するのも事実だが、よほどのカリスマ性があって、超売れっ子でない限り、生活は成り立たない。研究者や大学教員の道をめざすのはさらに不安定な選択である。いずれも自信を持って勧めることなど、私にはできない、と。
 
 では、「まちづくり」を学ぶことは無意味なのかというと、そうではない。2つの理由を挙げることができる。私たちは好むと好まざるとに関わらず、必ず、どこかの地域社会(地域空間)で暮らしていたり、働いていたり、あるいは社会活動をしていたりする。そしてその地域社会というのは、必ず、何らかの課題を抱えている。そして常に、その課題を解決するために誰かが何らかの取り組みを行っている。たとえば、町内会や、自治会活動や、マンション管理組合活動や、住民運動などもそのひとつだ。好むと好まざるとに関わらず、意識的であろうが無意識であろうと、直接的であろうと間接的であろうと、私たちはどこかで「まちづくり」に関わっていることになる。私たちの日常生活が法律と経済を抜きに考えられないのと同じように、「まちづくり」も私たちの暮らしと密接にかかわっている。したがって、「まちづくり」について意識的に学ぶことは決して無駄ではない。むしろ、実生活に根ざした実例を通じて様々な社会問題を知ることで、人生をより豊かにするのに役立つ教養を身につけることができる。大学を卒業後、たとえどのような職業に就こうとも地域社会の課題に直面する。つまり、「まちづくり」は質の高い教養教育となり得るのである。
 教養教育のあり方を巡っては大学という教育現場でも誤解があるように思う。従来の教養教育とは、専門科目の内容を希薄にして、概要だけを表面的に学ぶという、安易なイメージで捉えられてきたように思う。私はいち大学人としてこれはたいへんな間違いであると考えている。専門科目というのは専門家育成のためには重要な科目ではあるが、それはあくまでも各論教育である。それに対して、教養科目は、学生たちの思考力を大いに刺激し、人間性をより豊かに彩るためのインフラストラクチャーとして、専門科目よりもむしろより本質的でかつ普遍的な「知」を提供する場でなければならないと考えている。そういう視点からすると、「まちづくり」は教養科目として最適なのである。これが第一の理由である。
 さらに、コミュニケーション能力に磨きをかけることができる。「まちづくり」の現場では様々な利害を調整しなければならない場面に多々直面する。人間対人間、組織対組織の間で発生する対立関係やエゴイズムを丁寧に解きほぐし、払拭しなければならない。それができた時、地域からの信頼を得ることができる。その過程で否応なくコミュニケーション能力に磨きがかかる。「まちづくり」を学んだり、実際に参画したりすることの醍醐味は実はこの点にある。これが第二の理由であり、学生たちが「まちづくり」に興味を持つことを推奨するより積極的な理由である。読者のみなさんにこのことを伝えたいという一心から本書は編まれたといっても決して過言ではない。
 
 2008年5月、「まちセン」で活躍する現役の「まちづくりコーディネーター」たちとそのOB・OGたちが結集し、「まちづくり研究会」を結成した。
 普段は「まちづくり」に関わることの少ない人々や文社系学生たちを対象としたテキストを創ろうという意気込みで、毎月1回のペースで研究会を開催し、プレゼンテーションと議論を重ねてきた。そしてほぼ1年を経て完成したのが本書である。
 学芸出版社の前田裕資氏には、研究会にほぼ毎回ご出席いただき、厳しくも適切で、かつ愛情のこもったご指導をいただいた。ゴールデンウィークの休み中にも自宅で私たちの原稿を丹念に読んでくださった。その分、修正要求も手厳しかった。妥協を許さない前田裕資氏の姿勢にプロフェッショナリズムを教わった。前田裕資氏の編集力と指導力なくして本書が日の目を見ることはなかったであろう。また、同社の小丸和恵氏には編集の最終段階でご指導をいただいた。心から感謝します。
 
リム ボン