高度経済成長期における歴史的なまち並みや緑地の保全運動から約40年、横浜市や神戸市などで都市デザイン、景観まちづくりがスタートしてからおよそ30年が経過した。今日まで、関係法令の整備とともに、全国で400を超える自治体で自主的に景観条例が制定され、歴史的なまち並みや資産の保全、快適な都市空間の形成、潤いある水辺空間の創出等が進められてきた。また、景観形成ガイドラインの活用により、行政と事業者間で建築物等の景観協議も行われてきた。このような取り組みは、主に市民や行政、事業者等の努力や熱意を源とし、都市計画法や建築基準法では手が届きにくい「快適性」や「空間の質」の向上に寄与してきた。しかし、法的な根拠を持たない自主的な取り組みであるがゆえに、各地で景観問題がしばしば起こるようになり、社会的にも注目される事例がでてきた。
21世紀を迎え、地方分権が推し進められ、今後の都市づくりは、成長・拡大から持続可能な環境形成への転換が要請されるなど、地域社会を取り巻く状況は大きく変化した。このような社会潮流の中、美しい国づくり大綱(平成15年7月公表)において、良好な景観の形成が国政上の重要課題として位置づけられ、平成16年、これまでの自治体の自主的な取り組みを後押しする形で、景観法が制定・施行された。今後、景観まちづくりは、歴史的な町並みや際立った個性を持った特別な地域だけでなく、一般市街地における暮らしやすさや豊かな生活環境を形成したいというニーズに応えることが求められている。そのため、できることから景観まちづくりに取り組み、成果を積み重ねていきたいが、有益な情報が十分でないとの声も多い。
そこで、自治体での実践例や景観まちづくりの実態を通じて、自治体の景観施策の企画・立案や、景観まちづくりに関心のある市民やNPOの活動を後押しすることをねらいとして本書を企画した。ただし、そのためのマニュアルではなく、ヒント集あるいは道具箱となるよう意図した。また、景観まちづくりの現場に関わる執筆者の景観に対する想いや現場の実態や苦労、市民の反応などのライブ感を伝え、多くの人と景観まちづくりの思想や価値を共有したいと考えた。
まず第1章では、これまでの景観まちづくりの歩みを概観した上で、景観法からの要請や社会の動向を反映し、今後、景観まちづくりに必要な視点を整理している。
第2章は、京都市や横浜市などの先進都市、城下町・宿場町、一般市街地を中心とした都市、田園地域や農村など、多様な都市や地区で取り組まれている景観まちづくりの実践例である。ここでは、先進自治体ばかりではなく、景観法制定後、新たに景観まちづくりに取り組んでいる自治体も数多く取り上げている。実践例は、各自治体の景観施策の全体像とともに、景観計画策定の背景や動機、計画策定のプロセス、こだわりどころなどを伝え、生きた教材として活用できるように、景観計画の策定等に携わった全国25自治体の担当者に書き下ろして頂いた。
第3章の「わがまちらしさを活かした景観計画のつくり方」は、自治体アンケート結果から得られた景観計画策定の疑問や悩みに回答する形式で景観計画立案の視点やヒントを掲載した『季刊まちづくり』(学芸出版社)の12・13号の「Q&A方式 景観計画のつくり方」を全面的にバージョンアップしたものである。ここでは、景観形成の目標や方針の決定の視点、景観形成基準の検討方法、景観重要建造物の指定の考え方等、景観計画立案の必須となる事項に加え、大半の景観計画の行為制限で定量基準として定めている色彩基準の意味や課題、さらには事前協議システムによる景観誘導のあり方等を追加し、とりまとめている。
最後に、第4章の「今後の景観まちづくりの進め方」は、景観まちづくりを効果的に、また総合的に展開するため、広域的な視点や他の関連施策との連携による景観まちづくりの進め方、創造的な協議による景観形成のあり方、市民の目線から見た景観まちづくりの実践など、五つの視点から提言を述べている。
今日の景観に対する世論の関心の高まり、景観に対する行政の取り組みや専門家の前向きな気持ちを一時的なブームとして終わらせてはならない、と強く思う。景観法をわがまちの実情に合わせて活かすのは、行政、市民、事業者、専門家であり、また、読者諸氏である。景観施策の企画・立案に悩む自治体、わたしたちのまちをもっと暮らしやすくしたいと願う市民やNPO……。本書が、わがまちらしい景観施策の立案と景観まちづくりの実践に役立つことを喜びとしたい。
末筆になったが、各自治体の担当者の方々には、多忙な業務の合間を縫って景観まちづくりの実践例を執筆して頂いた。また、刊行にあたっては、学芸出版社の前田裕資氏の的確なアドバイスと叱咤激励に鼓舞され、知念靖広氏の粘り強い編集作業のサポートを受けた。記して謝したい。
2008年12月
編者一同
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