図説 わかる環境工学


はじめに
 

 環境工学の入門書は数多くあります。どれもひととおりの「環境分野の社会常識」を身につけるのに適した構成になっています。たしかに、どんな分野でも、入門の段階では、知識を頭に詰め込まなければならないので、まずは、知識の獲得が大切です。本書でも、まずは入門者がこの分野になじみを持つように、解説をつけながら、専門用語を盛り込みました。最初は、「詰め込み」を楽しんでください。
 しかし工学は、知識を身につけることが目的なのではなくて、その「知識の使い方」を身につけてこそ、目標に到達したことになります。昨今、「大学の教育力」が問われていますが、これは教育の内容が「知識の使い方」にまで至っていないことに原因があります。この認識に基づけば、本書は「知識の使い方」を例示する義務を負うことになり、本書の執筆にあたっては、例題を設けて「課題と解決」の構図をとるように工夫しました。
 一方、今日、わが国の大学で「環境工学分野」の授業科目として教えられている内容は、現代的な問題としての環境問題と少々ずれているように思います。これは、時代とともに、中身の変革が求められているということです。実際、著者らが学生時代に受けた教育は、水や排ガスの処理を中心としたものでした。一方で、化学物質による健康リスクなどは、刻々と評価が変わる最先端分野ですから、授業科目にはなじまないものと思われてきたのです。しかし現在、これらの最新の問題は、環境工学の守備範囲として見なされています。いまでも、確立された学問分野であるとは言い難いですが、本書は、最新の問題への足がかりを提供しているつもりです。
 新しい事項は、いささか、トピック的な内容になりがちです。すなわち、今日の環境工学分野が抱える問題「キーワードは知っているけれど、中身が薄い」の原因は、大学教員が新規の研究に夢中になるあまり、基礎部分の教育がおろそかになる点にあります。また、あまり大きな声では言えませんが、基礎部分の素養が十分でない教員が増えたことも、遠因です。そこで著者らは、もう一つのこだわり「環境工学の学理とも言うべき内容が必要」から、本書の第7章、第8章に、「環境システム解析の基礎」と「熱力学的方法」を著しました。これらの内容は、いつの時代にも、環境工学分野の技術者が修めておくべきものです。
 本書を作成するにあたって、ご尽力いただいた学芸出版社 井口夏実氏に謝意を表します。学者仲間が集まって、専門馬鹿の自己満足で作る本では、入門者に受け入れられるはずもなく、素人的でありながら高い社会常識を備えた氏の素朴な質問が、本書を教科書たるものに仕上げるのに、必要不可欠であったことは言うまでもありません。

2008年10月
渡辺信久
岸本直之
石垣智基