図説 わかる水理学


はじめに
 

 大学において、社会基盤や都市や環境などを対象とする土木系のコースでは、「水理学は難しい」という評判が学生間で少なからずあると聞きます。その理由を自らの経験に照らし推測してみますと、1つには微積分を用いた数式での表現が他の科目に比べて比較的多く、数式のもつ水理学的な意味がすぐには分かりにくいことがあります。端的にいえば数式に振り回される難しさといってもよいでしょう。いま1つは、水理学という体系の基礎原理がつかみにくいことではないかと思います。その具体的な例を挙げますと連続式の表現があります。水理学における重要な基礎原理の1つが保存性であり、そのうち質量の保存性を示すのが連続式にほかなりません。しかし連続式は、対象とする流れが管路かあるいは開水路か、空間の次元数がいくらか、流れが時間的に変化するかどうかなどによって、見かけでは全く異なった表現になります。このために、異なる表現の連続式が実は質量の保存性という共通する基礎原理から導かれていることを、はじめは理解しにくいことがあります。

 この本は、大学において水理学を初級から講じておられる先生方が執筆されています。いま挙げたような難しさを乗り越えるために、講義、演習、実験、観測にいつも創意と工夫をこらされ、一人でも多くの学生に水理学の面白さと大切さを知ってもらおうと努力されている先生方です。同時に、どこでどうして学生がつまづきやすいかも経験からよく知っておられます。本書では、そうした努力や経験をいたるところで活かされるとともに、視覚的に理解しやすくするため図表を数多く取り入れられ、順を追って考えていけば理解できるようにわかりやすく記述されています。

 水理学は、河川、水資源、港湾・海岸、上下水道、水環境など水に関わる科目の基礎となっています。これらの科目は、洪水や高潮などの災害から私たちを守り、物流・人流という運輸や安定した量と質の水の供給などを通じて産業と生活に貢献し、そして清潔で快適な潤いのある日々を実現するという役割を担っています。さらに拡げれば、地球規模の重要な課題となっている温暖化や環境問題に共通しているのが、物質や運動量やエネルギー(熱)などが流体(水や空気)の運動によって運ばれる輸送現象ですから、水理学の学習はこうした差し迫った課題を考えることにもつながっているといえます。

 水理学は上に挙げた広い範囲の科目の前提となる基礎科目 の1つですが、最初に述べたようにややとっつきにくいかもしれません。分かったと思っても、分かったつもりに過ぎないことはよくあることです。そのようなときには、もとに戻って繰り返し考え理解を深めることをお勧めします。本書がそのために少しでも役立つことを願ってやみません。

 最後に、編集作業に尽力された学芸出版社の井口夏実さんに厚く感謝いたします。

2008年8月
井上和也