都市防災学


まえがき ── 編集の言葉

 本書は、都市防災の研究を志す者への入門的な教科書である。また、日々都市の防災に苦闘している実務家の方々への指針の書でもある。しかし、本音を言えば、都市防災を「論」から「学」にしたいという、筆者らの切なる願いの提案書でもある。
 都市防災学とは、読んで字のごとく都市で起こる災害、すなわち「都市災害」を防ぐための方策に関する学問体系である。都市災害とは、かつては自然災害と区別するものとして、都市大火や危険物の爆発など、むしろ人工的な誘因により都市内で起こる大災害の総称とされていた。しかし近年は、その誘因が人工的か自然力によるかを問わず、結果としての被害の形態が、都市という居住形態の特殊性のゆえに、通常の災害被害とはまったく異なった様相を呈するとき、これを都市災害と呼ぶようになった。当然ながら、そこには多様な誘因による多様な被害の形が含まれるが、問題はその災害被害が、都市の社会・経済的構造と深くかかわっているため、被害を完全に防ぐことは不可能で、できるだけ少なくする減災努力が対策の主力を占めることになり、通常の工学的防災技術とは異なった、むしろ社会工学的な社会管理技術を中心とした学問体系が必要となることである。
 本書を上梓しようとしたそもそもの動機は、共編著者である塚越功君と私が共同して慶應大学で都市防災研究室を運営し、学生の指導に当たってきて、「都市防災」という分野を総合的に解説した適当な教科書がないことを、二人で常々不便に思っていたことに発する。そしてさらに、塚越君も私もここ数年思考の柔軟さがなくなり、もはや最先端の研究を生み出せなくなっているけれども、教科書ならば新しいことはできない代わりに、古い知識だけはそれなりに蓄積している老研究者にもできるのではないかと、お互い勝手に思い込んだからでもある。しかし、この試みはわれわれにとって、ある意味での野望への挑戦でもあった。と言うのも、少なくとも過去「都市防災学」と銘打った書籍をわれわれは知らない。もちろんそういう名称の学会もない。似たような名前の図書がないわけではないが、それはわれわれがイメージしているものとはやや趣を異にしている。つまりわれわれは、ここで提案しているような領域についての「学」を確立したいと望んだのである。
 「学」の教科書としては何が書かれていなければならないのだろうか? まずは研究の対象とする範囲が明らかに仕切られていなければならないだろう。次に言葉の定義が明確に行われていなければならない。さらに都市防災の歴史が教訓として回顧されるべきである。そして、この分野の初学者のために各研究項目について分析の方法が明示されていなければならない。このように考えていくと、さすがにわれわれ二人でそのすべてを執筆するのはちょっと荷が重いと思われた。そこで、われわれの教え子の何人かはすでに新進の防災研究者として活躍しているので、彼等の協力も仰ぐことにした。そして何より、最新の理論についてはどうしても彼らの力に頼らざるを得ない事情もあった。
 本書は、9章で構成されている。まず断っておかなければならないことは、本書は地震防災に限定していることである。都市災害の起こる頻度から言えば、気象災害が圧倒的に多い。それを扱っていないのは、単にわれわれの専門外だからで、本書を『都市防災学―地震対策の理論と実践』と限定したのはそのためである。続編としての気象災害編が期待されるところである。9章のうち、都市災害の定義と都市防災学の領域を示した第1章と、国際協力に関する第9章を除き、他の7章はそれぞれ都市防災学の主要な領域に対応しており、おおむね、計画的な予防対策、発災時の応急対応、その後の復旧・復興の順番に並んでいる。各章はほぼ独立しているので、読者は順不同に興味のある章を読んでいただいて構わない。各章の解説は重要なポイントを網羅しているが、細かい点までは尽くされていない。それを補完するため各章末に詳細な参考文献を挙げている。したがって、読者は、本書で大きな枠組みを把握し、詳細については参考文献に当たっていただきたい。
 本書がはたして「都市防災学」の教科書と呼び得るものになったかどうかは、大方の評価を待つ以外にない。もとより、本書のみでこの分野をすべて網羅したと自負する気もない。本書が「都市防災学」の確立へ向けての一里塚となることを願うのみである。

 2007年3月
 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにて
梶 秀樹