公園管理運営マニュアルの作り方


はじめに


 わが国の20世紀は、社会資本建設の時代といってよく、さながら青い鳥を追い求めるように、欧米諸国の社会水準を目指してひた走ってきた。このような中で公園緑地は、最後の四半世紀に懸命にスパートをかけた結果、量的にはようやく先進国平均の半分程度にまでこぎつけた。まだまだ十分な段階ではないが、ここに到達してみれば、生活の豊かさを示すのは、必ずしも量的水準だけではないことに気付かされた。公園緑地に限らないが、21世紀は社会資本を「利活用」する時代といわれ、いよいよ管理運営が重視されてきたのである。
 (おおやけ)の施設の管理運営は、法律や条例の実践として行われているはずであるが、現実は必ずしもそうはなっていない。法令は基準としてはよくできたものであるが、現場でこれを実践している人は、これを手にする機会も少なく、ましてその精神や主旨を理解して当たっている人は案外少ないからである。労働、雇用情勢の変化による短期雇用の増加によって、この傾向にますます拍車がかけられ、そのうち管理が素人集団に委ねられることになるのではないかと危惧されるのである。
 また、管理の時代の到来とともに、熱い眼差しで見られているのが、ボランティア活動やNPO活動などの、いわゆる行政との「協働」であり、さらに管理運営を民間に委任する「指定管理者制度」である。これらは管理運営に多様な価値観を受け入れることに他ならず、個人の意志や経済性のルールなどによって、その主役が随時入れ替わることを意味するものである。この現実は、公園緑地が緑とオープンスペース(空地(くうち)または緑地)、即ち「環境」を財産とした施設であり、本来は利用や経済性から守るべき存在であって、人間の一貫した支えが欠かせないことを考えれば、まさに容易ならざることといわねばならない。

 第2次世界大戦後公園緑地の管理に対しては、緊急失業対策事業が投入されてきた。この事業は公園緑地の復興に寄与した反面、非熟練労働者の就労の場を確保することが先決であり、一貫して労働政策として取り組まれた。そのため業務執行の合理化や機械化から大きく取り残され、これが終了したのは、つい平成に入ってからのことである。したがって本来の管理運営の歴史は10数年のことであり、残念ながら行政においても、その基盤が確立されているとは言いがたい。
 このような未熟ともいえる管理体制の中で、多様な価値観と大きな構造改革の波に立ち向かうわけであるが、それには公園緑地の真価が、社会の価値観として受け入れられることが基本である。しかしこれにはさらに時間が必要であり、まず大切なのは、管理運営が行政の手にあると否とを問わず、現場で働く人が法令とその精神を理解して当たることである。つまり今進んでいる改革とあわせて、法令に従って管理運営が一層合理的に実践されることになれば、この変革の時こそ、真の社会資本として脱皮するまたとない機会であるというべきであろう。

 本書はこのような考えに基づき、公園緑地の管理運営について、その基本的な業務に関するマニュアル作りについて考えたものである。つまり日常的に行われている基本的な業務は、その量からすれば圧倒的に多くを占めるばかりでなく、時代の要請に左右されることの少ない、当然備わっているべきサービスである。今社会において求められている質の高い管理運営とは、高い次元のように考えられるが、実はこの日常サービスにあり、これが確実に行われることこそ重要であると考えるのである。
 またマニュアルは、包括的、かつ概念的に示された法令を現場に置き換え、時間、空間の中で執るべき唯一無二の行動として示すものである。したがって輻輳(ふくそう)した業務の流れを整理することはもちろん、責任の所在をも明確にするものである。その意味でこの出来いかんによっては大きな業務改善につながり、これにかかる社会的なコストの軽減にも寄与すると考えられる。

 毎日現場で仕事をしているとプロ意識が芽生え、利用者の気持を考えるよりも、つい自身の価値観を優先することが多い。加えて日常の定型的な業務は変化を嫌うものであり、ともすれば向上心を忘れ、新しい事態に目をつむりがちになるのも人情である。しかし各現場で最適なマニュアルが定められ、これによって基本的なサービスが自然に行われるようになれば、携わる人の心の負担も軽くなり、利用者一人ひとりの喜びの姿や、また時代の流れに目が向けられることになろう。このような生き生きとした公園緑地の姿こそ、その真価を社会に定着させ、21世紀の管理の時代を乗り切る大きな力となることを期待するのである。

平成18年1月23日

辰巳信哉