農ある暮らしで地域再生


はじめに

 「暗黒時代」と呼ばれた中世ヨーロッパ。ローマカトリックを頂点とする封建支配体制下で、自由な発想や創意・工夫はことごとく圧殺されていた。十四世紀に入って、この呪縛から人々を解放したのが「ルネッサンス」である。イタリアからヨーロッパ全土に広がり、新たな価値観と独自の芸術・文化・科学技術が次々と花開いて、地域経済の活性化と豊かな暮らしをもたらした。

 一方、戦後五十年以上にわたって「土地神話」の呪縛から脱け出せなかった日本。バブル経済の崩壊によってようやく「土地神話」は消滅し、膨張する都市、過疎化する農村という「都市・農村対立」の構図は終焉を迎えた。だが、都市部では、住宅・宅地需要の激減でまちづくりは行き詰まり、地価下落とデフレで都市の暮らしは先行き不安がつのるばかり。農村部では、農産物価格の下落と農業従事者の高齢化で耕作放棄地が激増し、若年層の流出と生活サービスの低下で農村の暮らしは破綻寸前。かつて経験したことのないこの社会・経済環境の激変に対して、都市でも農村でも明確な将来ビジョンとその実現のためのシナリオを描けないのが現実だ。少子高齢化時代の新たな価値観とライフスタイルを確立し、地域の経済とコミュニティを再生するために、「都市・農村対立」に代わる構図をどのように描けばいいのか。

 実は、その芽生えはすでに都市にも農村にもある。市民農園、田園住宅、就農講座の人気にみられるように、都市住民は暮らしを豊かにするツールとして、あるいは自己実現をめざすライフワークとして「農」に強い関心を持ち、みずから農業に参入し始めた。一方、ファーマーズマーケット、農家レストラン、農家民宿のブームにみられるように、農村住民も農産物や田園景観を活かして都市住民を呼び込み、疲弊した地域経済と弱体化した農村コミュニティに活力を取り戻そうとしている。このような芽生えに共通するテーマは「農ある暮らし」だ。これこそ、都市と農村を結びつけ、新しい価値観とライフスタイルを創造して、地域経済を活性化させる「アグリ・ルネッサンス」のキーワード。「都市・農村共生」時代の扉を開くカギである。

 バブル崩壊から十年余り。いまや規制緩和と地方分権の流れのなかで土地政策も大きく方向転換し、従来は対立関係にあった都市計画と農業振興計画の距離が急速に縮まってきた。都市農地を活かして住環境の改善とコミュニティの修復をはかり、農村資源を活かして地域を活性化するために、都市施策と農業施策の連携による総合的な土地利用コントロールや魅力的な生活環境づくりへのチャレンジも始まっている。いまこそ「農ある暮らし」の実現に向けて都市住民と農村住民が手を結び、地域独自の「田園まちづくり」に取り組んで、「都市・農村共生」時代にふさわしい価値観とライフスタイルを再構築しようではないか。それが、八方ふさがりの現状から人々を解放し、地域の再生とコミュニティの復権へと導く「アグリ・ルネッサンス」への第一歩である。