環境先進国ドイツの今

はじめに

 いつの頃からか、日本で「環境先進国」と呼ばれるようになったドイツ。緑豊かな街並み、軽快に走るトラム(路面電車)、進んだゴミの分別制度、林立する発電用風車、充実した環境教育など、日本のメディアが描くドイツ像は眩しいほど輝いている。10年前、筆者もそういうイメージを抱いてドイツに来たのだが、生活する中で感じたのは「聞いていた話と違う」という戸惑い。日本で持っていたイメージは、いい意味でも悪い意味でもドイツの現実と異なっていた。

  これは決して、ドイツの環境対策や環境意識の水準が低いということではない。日本が参考にできることは、それこそ無数にあり、だからこそ本書を世に出す意味もあるはずだ。ただ、日本で紹介される「環境先進国ドイツ像」には、概して物事の裏面と本音が抜け落ち、社会背景を考えずに「いいところ」だけを選び出した議論が目立つ。だいたい、当のドイツ人に「環境先進国」という言葉を投げかけると、大抵は「ドイツにもいろいろ問題があるんだけどね…」と苦笑いが返ってくる。理想化された「環境先進国ドイツ」ではなく、課題や問題点も含めた「ドイツの実像」を探ることがこの本の一つめの主題となる。

  二つめの主題は、目線を地方自治体の高さに合わせて地域の特色を活かした環境と街づくりの取り組みを紹介すること。その舞台となるのは、筆者の住むドイツ南西部カールスルーエ市。一口に環境・街づくりといっても分野は広いが、テーマを街の緑、都市交通、ゴミのリサイクル、自然エネルギー、エコロジーライフに絞り、それぞれの取り組みが地域の中で有機的に結び付きながら機能している様子をわかりやすく解説したい。

  ドイツのことを「大いなる田舎」と評した人がいる。住んだことのある人だと、ドイツの一面をズバリ言い当てたその表現にうなづけるだろう。好意的に書けば「流行に左右されない頑固さ」。意地悪い書き方をすれば「野暮ったくて柔軟性に欠ける」、そして「娯楽の少ない退屈なところ」。初めはそう感じるのだが、だんだんと、時間の使い方の贅沢さや身近な自然に親しむ生活が心地良くなってくる。噛めば噛むほど味が出る、そういう濃厚な魅力を持つ国である。

 そんな生活スタイルや100年経っても変わらない街並みなど、保守的と評される場合もあるが、こと、環境保全や社会システムに関しては、驚くほど革新的な実験を行う。その原動力がどこから来るのかと問われれば、筆者の答えは「活発な市民参加」と「地方分権の精神」。主体的にプロジェクトを企画実行する地域の独自性と創造性が、それを可能にしている。


カールスルーエ市の紹介

 
カールスルーエの城と街が造られたのは1715年。ドイツでは非常に若い街だが、ここは元々、貴族が使う狩猟用の広大な森だった。狩りの途中で昼寝をしていた公爵が「この森に城を中心とした放射状の街を造れ!」と神のお告げを受けたのが始まりと伝えられている。城から放射状に伸びた通りに立つと、どこからでも城の塔が見えるような構造の街はドイツで他にない。その形と緑の豊かさから、カールスルーエ市は「緑の扇の街」と呼ばれる。

 昔はバーデン州の州都だったが、第二次大戦後に隣接するヴュルテンべルク州と合併し(バーデン・ヴュルテンべルク州)、シュトゥットガルト市が州都になる。「州都落ち」の憂き目をみたわけだが、そういった背景から市内にはいくつかの州政府機関、州立劇場、州立博物館、州立図書館などが揃っている。加えて、国の最高裁判所と憲法裁判所もあり、全国レベルの重要な裁判や法律はここで審議されるので、「カールスルーエこそが真の首都」という地元っ子もいるほど。

 地理的にはドイツ南西部・ライン河の東、黒い森地方の北の端に位置する。ライン河が造った大きな平野「ライン上流地域」の中にあり、気候はドイツ国内で最も温暖(年間平均気温11.7℃)。フランス国境まで車で20分、スイス国境まで車で2時間ほど。市の上空が主要航空路の交差点になっていて、人口分布から見ても、この辺りが「西ヨーロッパのヘソ」にあたる。第二次大戦によって街は激しく破壊されたので、残念ながら古い街並みや歴史的建造物はあまり残っていない。

 人口は約28万。主な産業は石油化学、エレクトロニクス、電機、自動車関連で、多数の研究機関が立地するハイテクの街という側面も持つ。ドイツ最初の工科大学として1825年に設立されたカールスルーエ大学(現在は総合大学)は、メルセデス・ベンツの創始者カール・ベンツが学んだことでも知られる。

 ドイツ人は郷土意識が強く、地域のイメージや歴史を大切にしているが、その要になっているのが街の「中央広場・顔・物語」。祭りや催しが開かれる中央広場は人を引き付ける強力な磁石であり、カールスルーエ市ならば「そこから見える城の塔」が顔で、「300年前のお告げ」が物語。質と量の充実した街の緑地、130年以上の歴史を誇るトラム、バラエティーに富んだ環境への取り組みに特色があり、日本だけでなく世界各地から視察団が訪れる。

ドイツ地図