ヒートアイランドは100年以上も前から研究されてきた現象であるが、最近、新たな局面を迎えている。それは、理学の対象から工学の対象になりつつある点である。言うまでもないであろうが、理学と工学の違いは目的にある。前者の目的は「システムの構造の理解」であり、後者のそれは「システムの好ましい方向への操作」という違いにある。すなわち、都市の高温化の実態を調べ原因を追求することから、現在は、対策が問題とされてきている。
ヒートアイランドは環境問題である。環境問題の対応にも最近大きな転換が起こっている。わが国の本格的な環境対応は、1960年前後の高度経済成長期に起こった公害対応に始まったと言ってよいであろう。公害時代には、「エンド・オブ・パイプ対応」が環境対応の根幹であった。これは、その名の通り、工場等で何が行われているかを問わず、排水管や煙突から出てくる廃棄物を処理する対応である。1960年代は産業に、1970年代以降は都市に処理装置をつけるのが主たる環境対応であった。しかし、1990年代になり、地球の温暖化が問題になるとともに、もはやこの対応では何の解決にもならないところから、工場や都市のあり方や活動自体を問うという「トータルシステム的対応」が環境対応の根幹となりつつある。
ヒートアイランド現象は、熱汚染問題である。公害対応が盛んな1970年頃、「熱汚染は最後の公害」と言われていた。その主旨は、大気汚染や水質汚濁といった化学物質による汚染問題は処理技術とそれに必要なクリーンなエネルギーの投入によって解決できるが、投入されたエネルギーはすべて熱汚染に転嫁されるものであること、また、熱汚染は処理技術のようなエンド・オブ・パイプ対応やエネルギーの投入では解決が困難であることから、熱汚染問題は極めて難しい問題であるというものであった。ヒートアイランド問題もこの範疇に属し、まさに上述の「トータルシステム的対応」の要求される、今日的な環境問題である。
ヒートアイランド問題の根源は、我々が都市や建築をつくるときに、まったくこの問題に配慮せずに勝手なことを行ってきたことにある。緑や水面を奪い、道路をアスファルトで覆い、暑くなれば冷房機を動かし建築空間のみを快適にすればよいと考えてきた。周知のように、冷房機は室外から入ってきた熱に、それを除去するのに使ったエネルギーの排熱を加えて、外部に吐き出す機械である。すなわち、室外をより高温にする可能性のある技術である。我々は自然の熱代謝機能を十分生かさねばならない。よく、地球は「生きた星」であり、月は「死んだ星」と言われる。地球が生きている一つの証に、体温調整機能をもっていることが挙げられよう。これは、大気と水による自然熱代謝機能である。気温が上がれば対流や蒸発が起こり、熱を上空や極地方へ運んで気温の上昇を抑える。このような自然熱代謝との調和を考えない開発を行ってきた結果が、都市や地球の温暖化である。また、熱は有害化学物質と違って、我々に直接的・致命的な影響を与えるものではないことから、環境負荷としての認識がなかったのもヒートアイランドの原因の一つである。今問われているのは、熱が環境負荷であることを正しく認識し、それを無視して都市をつくって運営していた体制から、ヒートアイランドに配慮して都市や生活を修正することである。
エンジニアリング(工学)も、最近大きな転換期を迎えている。20世紀は「ものつくり、建設、供給」などが工学の中心であり、それだけで手一杯であったとも言えよう。さらに、「処理」などが20世紀後半に加わってきたが、ものつくりに特化してきたと言えよう。また、人間活動がささやかな時代には資源・環境の外部化も許された。しかし、今は、資源・環境も含んで閉じた全体の系(これを生体になぞらえて代謝系と呼ぶ)で、代謝系のライフサイクルがエンジニアリングの対象となりつつある。すなわち、システムを時空間的に閉じて、その中であらゆる資源を活用し、トータルシステム的に持続可能性を追求するのがエンジニアリングの課題となっている。このような動向の中で、これからはヒートアイランドに十分注意して、システムの計画・設計・建設・検証・運営・診断・改修などの、都市や建築のライフサイクルがエンジニアリングされていくことになろう。
なお、ヒートアイランド対策は、同時に地球温暖化や様々な地域環境問題対策とも関連がある。すなわち、ヒートアイランド対策は独立に考えるのではなく、環境配慮型の都市づくりの中で考えていく必要がある。また、地球の温暖化と異なり、ヒートアイランド問題には、例えば、顕熱の潜熱化のようなエンド・オブ・パイプ対応にも可能性がある。このような広範なシステムを視野に入れ適切な対策群が実行されるべきである。
本書は、このような背景の下で、ヒートアイランド問題の対策と技術を論じることで、極めて時宜を得たものである。
2004年7月
大阪大学教授 水野 稔
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