あとがき

 都市のサステイナブル度向上にすぐ効く処方箋を期待された方には、とても申し訳ないことをした。この本は、サステイナブルシティの評価指標を具体的に示していない。サステイナブル評価得点アップのためのノウハウを伝授するものでもない。でも、そういうことを求めている人にこそ読んでいただきたいと思って、私はこの本を書いた。
 EUにおけるサステイナブルシティへの途がアメリカやアジアの先進国に比べて優れている点があるとするなら、それは「何でもあり」の寛大なプラットフォームをつくったことだと私は思う。EUレベルの政策は、数値目標に重きをおいて進むことの得意な北欧やドイツ、オランダのアプローチを尊重する一方で、数値目標には懐疑的で数値に還元できない質に関心があり延々と議論することを好む南欧にも理解を示してきた。北がどちらかといえばきれいな空気や水、緑を都市環境に期待するのに対して、南は都市環境といえば第一に質の高い都市空間を望む。市民との協働についても、北が組織的なパートナーシップ構築に一生懸命なのに対して、南は都市に住んでいること自体ですでに都市戦略に関わっているという意識から始まる。都市にフォーカスして、環境、経済、社会文化のサステイナビリティを統合する発想は、環境先進国である北の国々と狭義の環境対策にあまり熱心でない地中海沿岸諸国が並んで進めるようにするための現実的対応でもあった。
 この本は少々ラテン的価値観にひいき目かもしれないが、どうかお許し願いたい。それは、私がスペインのバルセロナに住んでEU地域政策に関心を持つようになったからである。欧州を舞台に戦略的に動くバルセロナに一〇年暮らすうち、「スペインのバルセロナ」という意識は遠のき、「欧州の、地中海の、バルセロナ」と徐々に思えるようになった。EUが都市を変えるというよりはむしろ、欧州が多様な都市により操られると体感した。
 EU政策やサステイナビリティに対して漠然と抱いていた好奇心を発展させて、一冊の本にまとめるまでには、いろいろな幸運が重なったと思う。最初の糸口を教えて下さったのは、当時『造景』副編集長の八甫谷邦明さんだった。おかげで「一九九六年欧州サステイナブル都市報告書」の存在を知り、以後、『造景』に寄稿してきた。矢作弘さんとEUのサステイナブルシティ戦略について論考をまとめる機会を得たことで、一建築家でしかない私にとってはとても手に負えないテーマを調べる道筋が見えてきた。東京大学の大野秀敏先生とお話しすることで、バックグランドである建築・都市のことを忘れずにいられるような気がする。
 住友財団と大林都市研究振興財団の研究助成をいただき、資料収集や現地ヒアリングなどの調査が可能になった。編集に尽力して下さった学芸出版社の井口夏実さんには、最後までご迷惑をおかけした。図版整理を手伝ってくれた笹原景子さん、欧州で取材に協力して下さった方々、そのほか議論に付き合っていただいた方々に感謝の意を表したい。
 環境問題を極小化する技術開発や貴重な自然を守ろうとする運動など、日本には優れた試みが数多くある。「環境を経済・社会的なサステイナビリティと統合的にとらえるプラットフォームさえあれば、波紋は飛躍的に広がるのに」と心惜しく思うときがある。本書がそのささやかなきっかけになってくれれば、と願っている。

二〇〇三年八月

岡部明子