はじめに

序 なぜいま、路面電車なのか



 道路交通の邪魔者として、昭和40年代(1965〜)をピークにつぎつぎに廃止されていった日本の路面電車、その路面電車が欧米では1978年以来52ヵ所で復活、もしくは新設されている。その落差はあまりにも大きく、わが国は世界の潮流に乗り遅れてきた。
 しかし、日本でもついに97年から本格的に路面電車の見直しが始まった。のろい、古い、がたがた揺れる、自動車交通の邪魔者、前世紀の遺物といった見方をされていた路面電車がなぜいま復活しようとしているのだろうか。
 路面電車復活の理由はだいたい以下の四つに集約される。
 1 自動車交通の行き詰まり対策、渋滞対策
 2 環境対策、特に地球温暖化防止対策
 3 高齢者、障害者対策
 4 中心市街地活性化対策
 戦後の急速なモータリゼーションの発展によって、われわれの生活は確かに便利になった。ドア・ツー・ドアの移動を実現した自動車は20世紀最大の発明であったといえよう。また交通手段としてだけでなく、自動車は基幹産業として社会を牽引し、日本では輸出産業の花形となった。自動車は豊かさの象徴であり、自動車を作り、輸出し、あるいは自動車の走る道路を整備することが国策でもあったわけである。
 これはなにも日本だけではない。アメリカもフランスもイギリスも同様で、そのため都市の路面電車はほとんど、自動車のとばっちりを受けて廃止されてしまったのである。
 ところが自動車が増加しすぎて、道路は慢性的に渋滞するようになった。渋滞対策で道路をつくればさらに自動車が集中し、やがていくら道路を整備しても渋滞は解消しなくなった。また道路整備そのものが、土地代の高騰や買収の長期化によって困難となっていった。さらに、渋滞による国民の時間的・経済的ロスが様々な問題を生むようになった。
 日本では毎年1万人程度の交通事故による死亡者がでており、負傷者も100万人に及ぶ。いくら保険が発達しても、人命の損失そのものがなくなるわけではない。渋滞による運転者のいらいらが事故を発生させる場合もあるし、またそのいらいらは様々な社会問題を生んでいる可能性もある。人の心の荒廃さえ、過度の自動車依存社会のせいではないだろうか。
 自動車に過度に依存する社会は、長期的にみればまずいのではないか。少なくとも渋滞対策だけとっても、都心では路面電車やバスなど公共交通を重視したほうがいいのではないか、というわけである。
 次に環境対策であるが、都市への自動車の集中は、排気ガスによる環境悪化がまず公害として問題視された。乗用車をバスに置き換えたとしても、都心ではバスによってさえ環境悪化がおこる。そこでバスよりさらにクリーンな路面電車が見直されはじめた。
 97年12月の地球温暖化防止京都会議(COP3京都)あたりから、俄然注目され始めたのが、地球温暖化防止対策の目玉としての路面電車導入である。ウィーン市などヨーロッパの諸都市では炭酸ガスの50%の削減を目指しており、持続的発展を求めようとすれば、都心には路面電車を整備せざるをえないのである。
 さて、欧米の路面電車復活を早めたのは、電動車椅子でも一人で自由に乗り降りできる超低床路面電車の出現であった。高齢者や障害者などにやさしいシステムは、当然ながら子供や妊婦などの交通弱者にもやさしいわけで、スイス、ドイツ、フランスなどではどんどん導入されている。日本では熊本市の3編成と99年春に広島市に導入された1編成だけだが、超低床車の導入はだれにも必ず歓迎されるはずである。
 以上のような路面電車復活のきっかけはドイツによってつくられた。政策として公共交通重視を打ちだし、利用者を路面電車に誘導してきた。自動車やバス、徒歩、自転車との乗り継ぎや役割分担を明確にし、様々な工夫によって自動車だけより便利なシステムを構築したわけである。交通連合の結成や税制の改革といったことまでおこなわれている。
 日本でもTDM(Transportation Demand Management)施策の一環として、これからやっと取り組みが始まろうとしている。
 こうした路面電車見直しの結果・・あるいは、はじめからその効果を計算している場合もあるが・・、中心市街地が活性化することは、欧米の一部の先進都市などで実証ずみである。従来の商店街活性化策がことごとく失敗した今、日本でもようやく公共交通見直しが都心活性化にとって大切だという議論がおこってきた。ヨーロッパの、人で溢れるトランジットモールを実際に見れば、論をまたない。
 しかし実際にその効果を日本において説明し納得させることは、まだまだ困難であろう。そこで住民合意への地道な努力が必要となるのである。
 このように、路面電車の復活は都市における人間性回復、さらには地球環境の将来にとって不可欠のものであるはすだ。だがその復活までの道のりは、決して容易なものではない。
 本書では復活する路面電車と都市の未来を見とおしながら、何が問題で、その解決はどうあるべきかを考えていきたい。

 なお、本書の執筆にあたっては、RACDAのネットワークを通じて様々な方にお願いをした。まず第1章は、市民街づくりグループとしてのRACDAの活動に、事務局として主体的に関わった佐野浩が担当した。第2章は、都市交通研究家の服部重敬、大学講師の泉俊弘、広島電鉄の中尾正俊、建設省の牧野浩志、日本開発銀行の澤田正彦が、それぞれの立場と経験から執筆を担当した。また第3章では、泉、牧野のほか、熊本の土森武友、静岡の山本耕三が、それぞれの地域の実情をふまえながら、街づくりにおける路面電車の位置づけを明らかにした。さらに、全国10都市の現況をそれぞれの地域の市民グループなどに報告していただいた。
 最後に、このような市民運動の小さくはあるがまじめな動きを、いち早く察知してお声をかけていただいた学芸出版社に敬意を表したい。そして、この出版が日本の街づくりの一つの転換点となったと評価されるよう、これからも頑張りたい。




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