町家型集合住宅

書評


『造景』 No.28

 京都の良さは、社寺のみにあるのではなく、都心の町家にあることは誰もが認めることだ。今、その木造の家並みがマンションに代わられつつある。
 本書は、町家型集合住宅の建設によって、再び都心居住を復活しようという、専門家(町家型集合住宅研究会)からの提案である。同研究会は、その具体的条件として、@高さや容積の穏やかなスケールと形態、A伝統と現代のデザインの調和、B京都に特有の街区と宅地割への対応、C住宅が町にとけ込む開放的な立体街区の構成、D近隣コミュニティの良好な形成を挙げている。
 こうした提案だけでなく、本書の特徴は京町家の歴史を発生から現代まで掘り起こし、職住空間(まち)としての町家を再評価しているところにある。


『都市問題』 99.12

 低層木造の伝統建築物である町家とそれによって構成される京都の町並みに魅力を感じない人は少ないだろう。もし、現在享受している生活の利便性または価値観を維持しながら、同時にこのような都心の町家に住むことができるとしたらどうだろう。これは少しばかり魅力的な話ではないか。
 本書は、このような伝統的な町家のよさを生かしながら新しい都心コミュニティを創出する新しい「町家型集合住宅」の形態、およびそのような新しい町家型集合住宅の住人たちを既存の地域社会にうまくとけ込ませるための手法を示し、これを今後の都心居住のあり方として提案している。
 本書は大きく2部構成となっている。
 第1部(第1章〜第5章)では、「町家街区の変容」と題して、都市における中高層住宅の急増と既存コミュニティの崩壊について歴史的に検証するとともに、現在の都心コミュニティの様子を主に京都における具体的事例を用いて分析している。また、京都との対比でパリが取り上げられており、そこでの都心居住および再開発の現状なども紹介されている。
 第2部「町家型集合住宅の提案」では、第1部で行われた分析をもとに、町家型集合住宅の導入に向けた提案が行われる。具体的には、最初に町家型集合住宅の計画理念、つまり、これが単に新しい集合住宅の供給ではなく、周辺街区の特性をよく把握した上で、各住戸と町との開放的な関係性の構築に配慮した集住秩序の再編計画であることが示される。次に、そのような計画理念を現実化する町家型集合住宅の設計手法および都市計画による町並みのコントロール手法などが提案される。さらに、町家型集合住宅の住民が周辺住民とともに築き上げる地域社会の姿、住民のネットワークまたは住民、企業、行政のパートナーシップによるまちづくりの提言も行われる。
 昨今、都心の地下が相対的に下落したことおよび規制緩和の流れを受けて、都心居住の見直しが進んでいる。それ自体は歓迎すべきことであるが、これが単なる都心部における高層マンションの建築による大量の住宅供給に終わってしまってはならないだろう。本書は、大切な都市の資産である古い町並みやコミュニティを生かした形での都心における新しい住宅の供給と居住のあり方を考えるための材料として最適な1冊である。本書で用いられている題材は主に京都の事例であったが、本書で提言された内容は、都心部に古い住宅とコミュニティを残したまま郊外にスプロールを続けている多くの地方都市にも当てはめることができる。多くの人に一読をお勧めしたい。


『住宅』 99.07

 既存の住宅地内でのマンション建設は、景観破壊、従来の地域コミュニティへの悪影響等をもたらすことが多く、全国各地で建築紛争が多発している。古都、京都もその例外ではなく、豊かな歴史的景観を誇る低層木造の町家街区の中にマンションが建設され、歴史的町並みが破壊されているという。一方、都心部からの人口流出による、まちなかの衰退、地域コミュニティの崩壊の問題も全国的な課題であるが、京都の場合、都心部の町家街区における既存住民の減少とともに、地域への参加に無関心なマンション住民の流入によって、祇園祭への参加が困難になる等の問題が生じている。
 町家型集合住宅の研究は、このような京都でのマンション問題の解決を探る取り組みとして始められたもので、本書は、その一連の研究開発・提案の成果をとりまとめたものである。
 まず、本書では、伝統的な町家街区におけるマンション建設による地域の変容を詳細に分析していく。伝統的な町家街区は、間口が狭く奥行きの深い「うなぎの寝床」状の敷地が特徴であるが、隣地側の壁面には窓を設けずに中庭をとることで採光を得る等の工夫により、隣接する棟との間隔を狭め、このような敷地での高密度な都市居住を実現してきた。ところが、町家街区の中に建設されるマンションは、隣地の敷地側に窓を持ってくるなど伝統的な建築ルールを無視して、町家街区の景観秩序を乱しており、また、町家街区の美観を形成する重要な要素である壁面線の連続性がマンションのセットバックにより乱されることが、不連続感を生みだし、景観を損ねる主要な原因となっているという。
 筆者達は、これらの動きに単に反対し、既存の町並み保護を訴えているのではない。筆者達は、地域コミュニティの活性化等のための都心居住や都心部人口増加の必要性を強く認識しており、町家街区での建築物の立体化による容積増を、伝統的な町並みと調和させながら、いかに実現させるか腐心しているのである。

 町家型集合住宅とは、「京都の都心市街地が備えている特有の諸条件に適い、伝統的な町並み景観に調和するデザインの集合住宅」を意味している(本書13ページ)。伝統的な建築ルールを守って隣地に配慮した設計とし、既存町家との壁面線の連続性を保つなど周囲の建築形態との調和を図り、同時に、閉鎖的なオートロックの玄関は避け、魅力的な店舗・施設を低層階に配置するなどコミュニティとのつながりも重視している。
 本書で論じられている町家型集合住宅の取り組みは、豊かな歴史的景観が残る各地の都市に直接応用できるものであり、歴史的町並みを活かした都市の活性化に取り組む方々に大いに参考になるであろう。しかし、本書はそのような方々にしか役立たないと思うのは早計である。例えば、住宅中心の洗練された町並みの中に、センスの良い店舗や施設を配置することで、市街地の賑わいを増し、都市居住の魅力を高める「住・職・遊一体のまちづくり」の発想は、商店街振興施策に流れがちである中心市街地活性化の取り組みに新鮮な視点を提供している。さらに、町並み形成上、壁面線の連続性が重要であり、一階部分のセットバックを単純に誘導する現行の建築基準法やその運用の再検討を求めるなど、住宅政策全般にわたって、多くの示唆に富む具体的な指摘が盛り込まれている。
 住宅問題への取り組みにおいては「どの地域や都市にも適用できるという画一的・標準的な解決は、その地域・都市の住宅・住環境を不安定にし混乱を招く」ものであり、地域特性を十分理解した人々の手による実践的手法こそが、問題解決への道を開くものであるということが、本書の重要なインプリケーションであろう。各地での地元密着型の住宅施策やまちづくりの取り組みが実を結ぶことを願いつつ、住宅政策に関わる方すべてに、是非、本書の御一読をお勧めしたい。

(建設省建設政策研究センター研究官 高梨太志)


学芸出版社
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