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防災と市民ネットワーク

安全なまちへのソフトウェア



はじめに

 阪神・淡路大震災では、多数のボランティアが救援活動を行い、マスコミは1995年をボランティア元年と呼ぶようになった。そして、政府は1月17日を「防災とボランティアの日」と定め、1月15日から1月21日までを「防災とボランティア週間」と定めた。これは、我が国の防災分野においては歴史的な出来事であった。

 関東大震災以来、我が国では多くの地震を経験し、その度に、市街地の不燃化、液状化対策、新耐震基準による建築基準法の改正、避難地や避難路の整備、そして防災公園の整備など、主にハード面での防災対策が実施されてきた。

 しかし阪神・淡路大震災では、大規模災害時にはハード面のみの防災対策には限界があり、さらに自衛隊や消防などの公的機関による救急・救助活動にも限界があることが明らかになった。

 被災地にあってまず地域を守るのはその地域に関わりのある住民や企業である。従って、地域に関わりのある住民や企業、そしてボランティアのネットワークによる救援活動というソフト面の対策が不可欠と考えられるようになった。

 震災以前から住民や企業との協力関係ができていたところは、救援活動も迅速に行われ被害が少なかったように、今後、我が国の防災対策も、従来のハード面の対策に加え、住民や企業、行政そしてボランティアのネットワークというソフト面の対策を充実し、社会の防災性能を向上させることが課題となる。21世紀はこのような市民ネットワークをベースに新たなコミュニティが創造されなくてはならない。

 各自治体ではボランティアの登録制度を設けるところが増え、企業や団体と災害時の協力協定を締結する動きも見られるようになった。

 東京消防庁の石神井消防署管内で結成された「大工さん救助隊」は、阪神・淡路大震災での救急・救助活動をテレビで見て、重機を使った活動や一般住民の活動などに限界を感じ、自分たちのような専門技能職の必要性と責任を強く感じたことが発端になっている。

 しかし多様化され高度化された社会で、このようなことがすぐにできるとは思われず、我が国ではまず土壌づくりから始めるべきであろう。そしてこのような各企業や団体の災害対策に貢献したいという意欲に対して、これらを受け入れる仕組みをつくることも課題である。

 さらに、団体や企業との個別の協力協定のようなネットワークができたとしても、それらを繋ぐための情報ネットワークの整備も今後の課題である。しかもそれは、災害対策本部が機能する前に自律的に機能する自律分散型のネットワークでなければならない。そこでは、大規模災害に備えて隣接自治体との広域的な連携も必要になる。

 一方、防災訓練に目を向けると、従来は、地震は予知出来るという考え方のもとに、避難すれば死者は出ないとして、住民の防災訓練でも避難を前提に考えていた。

 しかし、阪神・淡路大震災では建物の倒壊による圧死が多かったこと、また地震の予知は困難であるという考え方のもとに、避難する前に身近な人を救出することが住民の義務と考えられるようになった。そこで、先進自治体の防災訓練では住民による救出訓練を行うようになってきている。

 また、単発的でイベント的な防災訓練から、平成9年度の横浜市の総合防災訓練(七都県市合同防災訓練)のように、関連する防災機関や災害時の協力協定を締結している団体の参加より、実際に近い形での時系列的な防災訓練も実施されるようになった。

 各種団体等と個々のネットワークができたとしても、それだけでは不十分であり、そのネットワークが災害時に他との関連で効率的に機能することが求められる。そのため、時系列的な防災訓練は、個々の協力協定が全体の中で円滑に機能するための訓練として、また発災後の救急・救助活動や復旧活動の全体像を理解する訓練として重要な意味を持つ。

 さらに従来の防災訓練は、実際に活動する訓練が重視されてきたが、理解を深めるための会議の訓練も必要である。特に住民は会議には慣れていない。災害時に関係者がどういう役割を担うべきかということをよく議論し、理解しておくことが必要である。そのためには、災害時のあり方を机上あるいは図上で訓練することも必要である。

 本書は、以上のような、住民、企業そして行政による市民ネットワークによる防災について取り上げたものである。この分野は、まさに始まったばかりで手探りの分野である。ここでは阪神・淡路大震災やそに後の取り組みをもとに市民ネットワークの考え方を整理し、重要な項目について先進事例を取り上げながら今後のあり方について提案したいと思う。

 これからは「人」と「物」と「場」のネットワークと、それらを繋ぐ「情報」ネットワーク、そして「地区」と「行政」のネットワークの整備が必要である。特に「情報」ネットワークとしての「情報インフラ」の整備が必要になる。阪神・淡路大震災の教訓を生かし、このようなネットワークの構築が進み社会の防災性能が向上されることを願って止まない。



 このような市民ネットワークの現状を把握するために、平成8年秋に全国的なアンケート調査を実施した。阪神・淡路大震災から1年半以上経過していたが、まだこのような取り組みは進んでいるとは言えない状況であった。しかし各関係機関とも必要性は認めていた。更に先進地区として、東京都及び区部、兵庫県と神戸市、そして静岡県と静岡市の各種協定の調査も実施した。本書はこれらの調査が基礎となっている。これらの調査の概要は「我が国の市民ネットワークの現状(巻末資料1.参照)」として掲載した。



 本書の執筆にあたっては多くの関係機関より資料の提供をいただいた。また、9章にあっては(株)東芝の協力をいただき、全体のまとめに当たっては(株)エコプランの蓑田ひろ子氏の協力を得た。また、本書の発刊は予定より1年遅れ、資料を提供いただいた協力機関にはご迷惑をおかけした。最終的に学芸出版社の前田裕資氏のお世話になり出版の運びとなった。ここで関係した方々にあわせて感謝の意を表したい。

  1998年11月三船康道  





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