現場写真×矩計図でわかる! 建築断熱リノベーション


はじめに

 現代の日本社会は、インフラ、人、モノ……とストックがあふれています。今求められるのは、これらのストックのポテンシャルを見直し、活用の道筋を見出すことです。人的資源を例に考えてみましょう。現役世代をリタイアした高齢者らが、ストック人材として再々雇用されながら活動する姿をよく見かけるようになりました。本人の得意分野で力を発揮しながら、人材不足の社会をカバーしています。翻って建築・不動産資源に着目すれば、ご存じのとおり空き家が問題視されています。空き家は景観悪化、犯罪の温床など不良資産と見なされがちです。しかし人材活用と同じように、空き家をストックと見立てて活用することを考えてみてください。リノベーションで安全・快適になった建築は、不良債権から優良資産に生まれ変わり、再び社会へ貢献することが可能となります。耐震診断をして構造を補強すれば、“安全性”が担保されます。さらに躯体の補修だけでなく、「断熱」も施すことで、“快適性”“省エネ性”“環境性能”がどれだけ向上するか、快適な現役の住まいとしてその価値を再生させることができるのか、それを伝えるのが本書です。

 2部構成となっている本書ですが、まず1部では、これだけはおさえておきたい断熱の基礎知識を解説しています。なお、本文中強調太字で示す語句は、巻末の用語解説と対応しています。続く2部は実践編です。鉄筋コンクリート造集合住宅の「内断熱」、木造戸建ての「ゾーニング断熱」、鉄筋コンクリート造戸建ての「外断熱」という、三つの既存建築における断熱リノベーション(改修)事例を紹介しています。入門事例としても理解を助ける鉄筋コンクリート造集合住宅の断熱リノベーションは、インフィル設計全てを紹介します。当時の大工の技量が見え隠れする築80年の在来軸組工法木造住宅や築30年の打放しコンクリート造住宅では、その価値に敬意を払いながら継承しつつ、快適性の向上を試みています。このように、優良資産に生まれ変わる余地のある空き家は、日本全国に山ほど眠っています。

 例えば、CASE3のような打放しコンクリート造の建築というのは、1980? 2000年頃まで広く用いられてきた、モダニズムを代表する建築表現でした。地震大国・日本で、建造物において最も重視される「構造」ですが、打放しコンクリート造の建築は頑強で、構造的には十分に安心できる耐震性を兼ね備えています。しかし一方で、あたたまりすぎたり冷えすぎたりするその素材特性から、暑さ・寒さの問題を抱え込んだ建築として、快適性を投げ出してその流行を許容していたとも言えます。こうした暮らしは、施主が家とともに高齢になるほど、日常の生活に負担がかかってしまうものです。ですが断熱リノベーションを行えば、温度バリアー(室内の温度差)の軽減により昨今問題視されているヒートショックの死亡事故を未然に防ぎ、安全・安心・快適・省エネ性も手に入り、ストック活用の担い手でもある高齢者にも、負担をかけない室内温熱環境を提供することができます。

 加えてTOPICSとして紹介するのは、大掛かりな工事を必要とせず、施主自らがDIYで断熱性能を向上していく小さな木造戸建ての「部分(パーシャル)断熱」事例です。築30年を超えるような既存住宅を改修する際、家族構成の変化に伴う間取りや内装の刷新、耐震補強に加えて、「冬は寒すぎる、夏は暑すぎる」といった声を耳にしない事例はありません。しかしコストの制約や改修動機の優先度を考えると、断熱はどうしても後回しにされがちなのが現状です。そんな制約のなかでもどうにか小規模断熱工事を組み込み、施主自らも率先してDIYで小さくとも快適性を高める努力をしつつ、環境にも暮らしにもやさしい省エネ化を実現しています。

 以上のような事例は、どんな既存建築の改修もそうであるように、あくまで個別解でしかありません。断熱リノベーションの現場もどれ一つとして同じ条件のものはなく、“壊して”みないとわからない課題はたくさん存在します。とはいえ、思考のプロセスや現場の施工手順には少なからずヒントが詰まっており、今後の断熱リノベーションを実践するうえで欠かせない要点を、多様な規模・条件で詳しく解説しています。そんな実践ならではの記録を書きとめた本書が、1件でも多くのストック住宅を活用するきっかけとして役に立てば幸いです。

著者を代表して  柿沼 整三