基礎から学ぶ 建築生産
生産マネジメントから施工・維持管理まで

 近年の電子情報技術の飛躍的な進歩は,我々の日常生活を一変させました.高速通信ネットワーク技術の進歩により,パソコンでの情報交換や商取引は日常茶飯事となり,携帯電話やスマートフォンがなくては日常生活も滞ってしまいます.テレビはどんどん薄くなり,音楽もCDからネット配信へと変化してきています.建築生産現場でも,インターネットは不可欠となり,電子情報ネットワーク技術はメールによる情報伝達や情報入手のツールとして頻繁に使われています.最近では3次元CADを駆使したBIMの普及,ウェブによる工事情報の共有化など,電子情報交換技術は建設生産現場に欠かせない技術となっています.これらは当該分野の工学技術者の努力の賜です.

 筆者は,建築生産技術そのものは,電子情報技術のようにドラスティックかつ華やかな技術革新を達成することのできる分野ではないと思っています.言うまでもなく建築物は一品生産であり,技術者の組合せは生産する建築物ごとに変化します.したがって,様々な建築生産を行うためには,すべての技術者が理解できる共通のルールが必要です.建築生産において新しい技術を導入するということは,皆が理解していたこのルールを変えることでもあり,困難も伴います.明確に設定した個別の目標を一つずつクリアして,着実に一歩ずつ進歩するのが建築生産分野だと思います.

 地道に一歩ずつ進歩する建築生産に対して,それを取り巻く社会情勢は急激に変化してきています.特に,経済の衰退,高齢社会の到来により,建築生産はスクラップ&ビルドからストック&リノベーションに大きく舵を切りました.これに伴い,大学の建築教育においても,新築の設計を重視した教育から,改修設計や補修・補強技術に関する教育を重視すべきと考えている教員がどんどん多くなっているように思います.

 本書は大学における「建築生産」や「建築施工」という科目の講義用テキストとして執筆しました.これらの講義は,要素技術に細分化された「様々な建築教育教科」をつなぐための授業として位置づけられます.いかに優れた意匠設計が出来上がっても,構造安全性が確保できなければ,設計は完了しません.優れた設計が達成されたとしても,施工方法が存在しなければ,設計図は絵に描いた餅にとどまってしまいます.素晴らしい性能を有する建築材料が開発されても,その性能を引き出す設計がなくては意味がありません.これらの有機的な連携を達成するためには,建築生産全体を大きく捉える必要があります.

 大学の「建築生産」のテキストは,建築計画分野の技術者が執筆する場合と建築材料・施工分野の技術者が執筆する場合に大別されます.本テキストは後者の技術者が中心となって執筆作業を行いました.したがいまして,本書は「建築施工」と題する講義にも対応できる内容となっています.一級建築士・二級建築士の国家試験における「建築施工」の科目で過去に出題された試験問題も意識して解説を加えました.また,鉄筋コンクリート造の建築物に的を絞っていますが,維持管理分野における診断・補修・補強,そして解体に至るまでの基本的な技術を示しています.

 2011年3月の東日本大震災により,我が国を取り巻く状況は一変しました.建築技術者の心の中には,一人の人間としても,専門家としても,復興のために何かを行わなければならないという意志が満ち溢れています.合理的な復興を達成し,人にとって安全で長寿命の空間を確保するために,分野の垣根を越えて,積極的に他分野の技術者と連携を深め,新しい技術開発を強く推進するのは今しかありません.そしてそのリーダーとなるのが建築分野の技術者であり,将来の皆さんです.

 建築生産は,しっかりとした知識と経験を基盤とし,設定した目的を達成するために創意工夫をすることによって技術が進歩する分野だと思います.漠然と従来の方法を踏襲するだけでは,技術の進歩はあり得ません.

 社会に出る前にしっかりとした知識を吸収するための教材,あるいは初めて実務に携わる際の参考書として,本書が皆さんの役に立てれば幸いです.

 2012年12月 

著者を代表して 大久保孝昭