アルヴァ・アールトの建築
エレメント&ディテール





Introduction
人間のための「大きな機能主義」 ─ アールトが語る建築の理想 ─


 ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエらと並び、近代建築の巨匠の一人にも数えられるフィンランドの建築家、アルヴァ・アールト。その活動は建築設計や都市計画にとどまらず、家具や照明器具、さらにはガラスの器といったプロダクトデザインにも及んでいる。本書では、そのような多岐にわたるアールトの諸作品をエレメントやディテールに着目しながら紹介していく。この試みがアールトの新たな側面を少しでも浮き彫りにすれば嬉しい限りである。
 具体的な作品紹介に先立ち、ここではエレメントやディテールが生みだされた背景にあるアールトの設計思想、作品の特徴について、アールト自身の言葉に即して記していきたい。

大きな機能主義
 「建築は科学ではない。それは何千もの、はっきりした人間的機能を結合する総合的な大プロセスであり、依然として建築である。その目的は物質の世界を人間の生活と調和させることである。建築を人間的にするということは、それが良い建築であることを意味し、そして単なる技術的なものより、はるかに大きな機能主義を意味する。」1)

 アールトの作風は、初期の古典主義様式から機能主義様式を経て、独自のスタイルが確立された後も発展、変化していくが、「建築を人間的にする」「物質の世界を人間の生活と調和させる」という大きな目的は一貫して変わっていない。それこそが、時期やスタイルを超えて、アールトが生涯追求した最も重要な事柄であったといえるだろう。
 ここで「大きな機能主義」という言葉を用いている点にも注目したい。近代建築の台頭を後押しした「機能主義」は、技術や経済の合理性を偏重し、それが主として装飾が排除された幾何学的な形態表現と結びつくことで、建築の新たな一様式として世界的に広く波及していった。しかしながら、建築における本来の「機能主義」は、「建築の形態は実際の機能や目的によって規定される」というものであり、ここでいわれる機能には、技術面や経済面に限らず、人間の心理や生理に関わる機能までもが含まれる。「技術の機能主義は本源的な建築をもたらさない」1) とも語るアールトは、当時の「機能主義」が建築の発展に大きく貢献したことを認めた上で、その機能を人間の生理的・心理的な側面にまで拡張して捉え、「建築を人間的にする」「物質の世界を人間の生活と調和させる」=「大きな機能主義」というテーマを掲げた。
 実際の建築作品では、構造面や技術面から合理的にデザインされたエレメントやディテールも見られるが、多くのエレメントで人間の生活に根ざした明確な機能が設定され、その機能を満たすためにディテールが組み立てられている。冒頭の言葉が語られたエッセイでは、患者に配慮したデザインが施されたパイミオのサナトリウムの病室、読書に適した光環境を生みだす円筒形のスカイライトが配されたヴィープリの図書館の閲覧室の二つの作品が例示されているが、「大きな機能主義」というアールトの考え方がよく反映された作品だといえよう。さらには、素材や形にこだわり繊細にデザインされた取っ手や手すりをはじめとして、蔦で壁面を覆うといった緑の扱い、木材を積極的に使用する姿勢など、その思想は隅々に貫かれている。

遊びの必要性
 アールトはまた、「建築を人間的にする」ためには、技術や経済の合理性だけでなく、「遊び」が必要だと語る。

 「われわれは、実験的な仕事を遊びの気分に、または遊びの気分を実験的な仕事に結び付けるべきである。建築の構造物、それから論理的に導かれた形態や経験的知識が、まじめに遊びの芸術とよぶことのできるものによって色付けられて、初めて、私達は正しい方向に進むことになるだろう。技術や経済性は、常に、生活を豊かにする魅力と結び付いていなければならない。」2)

 この言葉は、アールト自身のサマーハウスであるムーラッツァロの実験住宅に関して記されたものだが、この住宅では遊びの精神に基づいて様々な実験的試みが展開されている。ほかにも、随所に見られるアールトらしい無意識に描かれたような自由な曲線、即興的な窓のデザイン、照明器具のユニークなモチーフなどにアールトの遊び心を感じることができるが、いずれもそれらのエレメントが建築の魅力を高め、そこで営まれる生活を豊かにすることにつながっている。

人間を中心に内側から組み立てるデザイン
 「真の建築は、その小さな人間が中心に立った所にだけ存在する。」3)

 アールトの作品は、人間を中心に考えることを起点として、内側から外側に向けてデザインされる傾向が強い。内部では、そこに居る人間の活動や求められる機能に応じて空間が形づくられ、窓の配置や形状が決められている。監視機能を果たすカウンターを要として閲覧室を扇形に広げ、先端に配したハイサイドライトから採光するアールト独自の図書館の構成は、その典型例の一つともいえるだろう。
 一方、外部に目を向けると、内部空間の形状がそのまま外観に現れた作品や、窓や可動間仕切りなど内部の要求から決められたエレメントが外観を特徴づけている作品が見られる。これらは、人間を中心に据えて機能的にデザインしていくことで生まれた一つの帰結を示すものであろう。

自然環境との共生
 「われわれは建築の理想的な目標を次のように定義できる。つまり、建物の役割は、人間(住民)に自然のよい影響をすべて与える装置として働くことであり、またそれは、人間(住民)を自然や建物がつくり出す環境に現われるすべての悪い影響から保護することである。そして今、私はこれ以上によい定義を見つけることができないのだが、建物もそれが緊密に所属している自然と同様に豊かなニュアンスをもっていなければ、その役割を果たすことができないということも、われわれは認めるべきである。」4)

 アールトの建築作品のうち約9割が母国フィンランドに建つ。それらの作品からは、高緯度ゆえの特異な気候風土、厳しい自然環境に抗うことなく、人間の生活を守りながらうまく共生していこうとするアールトの思想が垣間見える。
 冬の積雪や内外の温度差に対しては、その状況を受け入れた上で、細やかな設えにより内外の境界を演出し、豊かな内部空間をつくりだそうとする姿勢が見られ、鉢植えが置かれたガラスボックスや窓台をはじめとする窓辺のデザインにそれが現れている。また、太陽光に対しても様々な工夫が見られる。なかでも、スカイライトおよびリフレクターは、北の地の乏しい太陽光を効果的に内部に取り込むエレメントであり、その独特の形状がアールト作品を特徴づけている。加えて、色彩や素材の扱い方にも乏しい光を有効に取り入れようとする心遣いが感じられる。
 一方、緑や水の扱いは建築的には控えめでその表現は繊細だが、そこでは日本建築からの影響が窺える点も興味深い。

時と場所を超えて
 「建築家の仕事は、調和を生み出し、未来から過去までの糸をひとつにつなぎ合わせることに向けられている。その根本に存在するのは、無数の感情の糸を持つ人間と、人間を含めた自然である。」5)

 フィンランドという北の地で、土地の気候風土や伝統に根ざした作品を生みだしたアールトは「ローカルな建築家」「ヴァナキュラーな建築家」と言われることもあるが、それはアールトの限られた一面を捉えたにすぎない。「ナショナルとインターナショナルの概念の結合が現代世界に必要な調和ある結果を生み出し、それらの概念は、互いに分離されることはできない」6)と語り、「近代的か伝統的な表現か」という問いにも意味がない7) とするアールトの作品には、古典的なモチーフや地域の伝統的なモチーフが見られ、時にイタリアや日本などの他国のスタイルが持ち込まれることもあるが、それらは近代的なデザインと融合しながら、アールト独自の表現に昇華されている。
 このようにして様々なエレメントが結びつけられたアールトの建築では、単なるスタイルではない、時と場所を超越した一つの「調和」が実現されており、ここにアールトが生涯追い求めた「大きな機能主義」が結実した形を見ることができるだろう。


参考・引用文献
1)「建築を人間的なものにする」(ザ・テクノロジー・レヴュー誌、1940年11月)、ヨーラン・シルツ編、吉崎恵子訳『アルヴァー・アールト エッセイとスケッチ』鹿島出版会、2009年
2)「ムーラッツァロの実験住宅」(アルキテヘティ誌、1953年)、同上書
3)「記事に代えて」(アルキテヘティ誌、1958年)、同上書
4)「ヨーロッパの再建が現代の建築の最も中心的な問題を浮かび上がらせた」(アルキテヘティ誌、1941年)、同上書
5)『〈アルヴァー・アールトの住宅・東京展〉パンフレット』リビングデザインセンターOZONE、2002年(マルック・ラハティによる挨拶文に掲載されている1940年の言葉)
6)「ナショナル−インターナショナル」(アルキテヘティ誌、1967年)、ヨーラン・シルツ編、吉崎恵子訳『アルヴァー・アールト エッセイとスケッチ』鹿島出版会、2009 年
7)「建築の闘い」(英国王立建築家協会での講演の速記、1957年)、同上書