地方で建築を仕事にする
日常に目を開き、耳を澄ます人たち

あとがき


 2014年に筆者は二つの展覧会を企画した。ひとつは16の珠玉の作品を紹介する「戦後日本住宅伝説」展である。場所に注目すると、釧路の反住器、愛知の幻庵、大阪の住吉の長屋以外、すべて東京だった。菊竹清訓のスカイハウスや東孝光による塔の家など、改めて、東京中心に住宅建築史が形成されていたことに驚かされた。もちろん、所在地で作品を選んだわけではない。一方、コミュニティデザイナーの山崎亮とともにゲストキュレーターをつとめた「3・11以後の建築」展(学芸出版社から書籍化)は、社会との関係をテーマに掲げたが、建築家を決定した後にエリアを確認すると、ほとんどが地方のプロジェクトだった。約25組の建築家が参加していたが、東京のプロジェクトを紹介しているのは、わずか3組である。そもそも東京でとりあげた事例も、いわゆるアトリエ系の建築「作品」ではない。筆者も関西を拠点とする山崎も、東京中心で動いていないからなのかもしれないが、おそらく偶然ではない。高度経済成長期やバブル期を終えた現在、東京以外の場所に新しい課題と可能性が生まれているのではないか。なお、2016年、ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展の日本館は、「3・11以後の建築」展のセレクションとかなりかぶるメンバーだったが、特別表彰を受賞している。
 近年、コミュニティデザインが注目されているのも、地方の諸問題に向きあっているからだろう。美術の分野でも、ソーシャリー・エンゲージド・アート、あるいは参加型アートの動向が目立ち、日本では芸術祭の興隆とともに、オブジェの制作よりも人々の関係性を重視する「地域アート」が増えている。筆者はリレーショナル・アートに引っかけて、「3・11以後の建築」展で紹介したような活動をリレーショナル・アーキテクチャーと仮に命名した。むろん、地方だからといってなんでも良いわけではない。旧来の「建築」がそうであったように、互いに切磋琢磨し、知見を蓄積・共有し、向上していくために、批評や評価基準が必要になるだろう。この本がその足がかりになれば、幸いである。
 本書の企画は学芸出版社の井口夏実さんの提案を受けて始まり、筆者と議論しながら、内容や執筆者を決めていった。彼女がいなければ、この本は実現しなかった。この場を借りて、御礼を申し上げます。また寄稿を快諾していただいた執筆者にも感謝したい。筆者自身、知人の原稿だとしても、初めて知ることが多く、いずれも示唆に富み、さらなる思考の契機となった。そして学芸出版社の松本優真さんには、編集の実務面でサポートいただいた。ありがとうございます。多くの方の協力によって、本書は単なる地方の建築家のカタログではないものに仕上がった。建築というスキルを通じて、それぞれの場所の力を切り開くと同時に、各自の潜在的な力も引きだす生き方の指南書になったと思う。

 
2016年7月     五十嵐太郎