建築を、ひらく


Afterword

個人からつくる主体的なパブリック

建築家の職能とは何か?

 震災以降、建築家の職能とは何か? という問いに出くわす機会が増えた。とくに「街」に関わっていると言うとよく聞かれる。本の中で紹介している石巻のプロジェクトに僕らも会社を挙げて、かなり真剣に関わっている。ただ、きっかけは何かと思い返せば、あまり建築のスキルを生かそうというモチベーションではなく、同じ日本人として何かしたい、というくらいの些細な反応だったと思う。しかし行った先の土地には、被災前からの人の営みがあり、ここから自分たちで未来をつくっていこうという、小さいけどはっきりした思いが現れていた。その思いと対話し、動きはじめていくプロジェクトの機運は、言葉に代えがたいほど、凄いエネルギーだった。
 まだ瓦礫が残る街の中で、震災前より楽しく誇れる街をつくっていこうと考えるスーパーポジティブな人々とはじまった対話は、少しずつ輪が大きくなり、時間と共に育ち、いまでは石巻という街を未来に牽引しているという実感さえある。建築家としての専門性をどう生かすかという考えでは、到底出会えなかったプロジェクトの数々は、これからの街に響く新しい公益性を持った言葉を発し、まちなかに人のあつまる環境を生み出しはじめている。来年、再来年どうなるかわからないからこそ、現在できることを信頼し、不確定な未来に加担することで人を巻き込んでしまう石巻に、跡取り不在な地域社会の持続可能性を感じる。
 ここから派生する地域教育や地域文化や地域経済の未来には、関わった一人ひとりの実感がそのまま現れ、街の持続的な活力となるだろう。その過程を共に並走し、共に育てていくこと、そして場所やあつまりを定着させ広げていくことに僕たちは設計のダイナミズムを感じている。これから徐々に街の価値が再確認され、未来の街の住人がこの場所に自分の生活を重ね、生活の楽しさや日常の豊かさを実感できる時間と場所には、何が必要でどう受け継いでいくのか?
 東日本大震災以降、本来、街における人のあつまる環境とは何かという大きな問いを持ちつつ、こうした街の実感をあつめることを実践している。設計とは「設え」「計る」と書くが、石巻ではこの語源を実感することが多い。

 本書で紹介してきたように、住宅をベースにしたオンデザインの設計案件も最近ますます多様になっている。これらの仕事のクライアントはいくつかの専門業者や設計事務所、メーカーなどの話を聞いた上で、自分がシックリ感じる専門的解決を得られず、一緒に考えてもらえる相手を探してやってくる(もちろん僕らもはじめて触れることなので、そこからリサーチしたり、ヒアリングしたりして状況の整理と把握を行う)。
 そこで共通していることは、相談時点で、クライアントは自身のイメージするつかわれ方や建物と地域との関係に不足を感じており、これまで通りにつくっても人のあつまる環境にならないという閉塞感を、計画を通して打破し、改善していきたい思いが強いということだ。その課題を共有し、プロセスを通して可能性を探る対話を試みている。

前向きな実現力

 建築をつくる思いや街をつくる思いは、いつもポジティブだ。誰も不幸になりたいと思って、新しい取り組みをはじめないので、僕たちは常にポジティブな人たちに囲まれていることになる。その人たちが考える日常の豊かさや実現したい未来像について話をしていると、本当に「生きる」という価値は多様だと感じる。子どもが生まれ、子育てをし、子どもが学び、就職して働きはじめ、仕事をして、家族や家を持ち、趣味や友人との時間を持ち、老いてのんびり暮らし、介護をうけ、死んでいく。人生のライフステージごとに、どう生きたいか、どんな時間を持ちたいかは変わり、世代や環境によってもさまざまだ。
 僕たち建築家は、プロジェクトの状況に応じて、この生きる豊かさを探求する前向きで実現力のある人たちと常に対話し、彼らと一緒に環境を創造していく役割だ。だからこそ僕たち自身が自分をひらき、プロジェクトを協働する実践者たちからドシドシ盗み、生きる力を上げたいと思っている。
 建築は誰に対してもひらかれている。それは出来上がった建物だけではない。建築の楽しさを、考えたり設計したりすることの価値を、日常生活の豊かさを、一人ひとりが自分のこととして向き合う楽しさを、僕たちは、日々模索している。

謝辞

 最後に、この本の出版にお力添えをいただいた関係各社の方にこの場を借りて御礼を申し上げたい。とくに本の出版のために10回を超える原稿のチェックバックに粘り強くお付き合いいただいた学芸出版社の中木保代さんや、装丁を担当してくださり無理な相談にもいろいろと親身になって応えて頂いた服部一成さんには言葉が尽きない。また、今回の本で伝えているオンデザインの日常を一緒に歩んでいただいているクライアントや協力者、関係者の方々に、心より感謝し、締めの言葉としたい。ありがとうございました。

西田 司