海外で建築を仕事にする
世界はチャンスで満たされている


まえがき

 世界中には、地域固有の気候があり、その気候に根差した文化があり、その文化を持つ人たちが暮らす都市や建築があり、その都市や建築を設計する事務所がある。そして、現在世界中の主要な設計事務所には、必ずといっていいほど日本人が、重要なポジションで働いている。また、中東やアジアで独立し、活躍する日本人建築家もいる。当時もきっと今も、海外の事務所で働いている日本人同士は、時折それぞれの事務所を訪問し、ビザの問題や働き方などを情報交換しあっている。

 私は今思えば偶然が重なった結果、11年間パリのドミニク・ペローの設計事務所で、建築を仕事にした。海外で暮らすことは大変なことも多いが、建築という共通言語によって、言葉の壁を超えて仕事ができることは非常に魅力的だ。今の学生の話を聞くと、海外で働きたいという漠然とした希望は持っているが、その情報はWEBと人づてに得るくらいで、東京ではまだしも、地方ではさらに正確な情報が手に入り難い。

 本書は、世界16都市で活躍する17名の建築家、デザイナーに、海外就職や独立について、各国の情報を網羅しつつ、作品紹介ではなく、リアルな体験談を執筆いただいた。ヨーロッパ各地や南米チリ、中国、ベトナム、インドなどから集まった原稿は、執筆者自身の個人的な経験、その都市のローカルな状況を描いていながら、「海外で建築を仕事にする」ことの普遍的な状況を炙り出す文章になっている。そしていずれもエッセイとして面白い。海外で働くということには、様々な葛藤があるにもかかわらず、なぜいまだに皆そちらに向かって進もうとしているのかを、執筆者自身で丁寧に描いており、それが建築家の決意として読み取れるものだからだろうか。また、17名の体験談が持つ同時代性と差異は、そのままこの時代の世界の都市における均質性と多様性を反映している。2013年の世界を、都市や建築を設計する事務所という一断面で切りとり、1冊の書籍にアーカイブすることは現代的な試みだ。

 「世界はチャンスで満たされている」とは執筆者の1人である田根氏の文章の一節だ。一歩踏み出すことで限りなく広がる世界がある。海外を志す方、または国内で建築を志す方にとってもなにかのヒントとなり、建築に関わり続けることの魅力、そしてこの時代を感じていただければうれしい。

2013年7月 前田茂樹