住みよい家

快適・環境・健康

はじめに

 戸建て住宅を建てることは、個人にとって一生に一度あるかないかのことです。しかも、一般に生涯賃金の何割かをこれに充てることになります。そして、できあがった住宅は長い年月にわたり自分と家族の生活の基盤となるのです。したがって、住宅を計画するにあたっては、室数、内外装のデザイン、コストだけを考えるのではなく、「住宅はどうあるべきか」という根本的なことから十分に考え、「住宅には何が必要なのか」という知識を身につけておく必要があります。

 住宅に必要な性能の第一は、構造上の安全性と耐久性です。
  建物の躯体(骨組み)と各部の構造材は、日常的に建物自体の重さと人や家具などの荷重を支えます。比較的、大きな地震や通常の台風に対しては、損傷したとしても補修すれば住み続けることができる程度の、また、建物の生涯に一度起こるか起こらないかの大地震や極めてまれな暴風に対しては、建物が倒壊しない程度の構造上の安全性が必要です。
  耐久性、とりわけ構造材の耐久性は建物の寿命に直接、関わります。また、木造住宅の土台がシロアリに食い荒らされていたために、地震時に建物の倒壊にまで至った例があるように、耐久性には安全性を保ち続ける意味もあります。耐久性のある材料を用い部材断面を大きくするなど、構法においても耐久性を確保するようにしなければなりません。

 住宅に必要な性能の第二は、日常安全性と避難安全性です。
  日常安全性とは、各室の出入りや階段の昇降、廊下の通行、防犯など、日常生活を安全に過ごすためのあたりまえの性能をいいます。しかし、住宅内における事故死者数は年間約5千人で、交通事故の死者数よりやや少ない程度です。また、そのうち8割は高齢者で、高齢者だけでいうと交通事故死者数より多くなっています。あたりまえのことがあたりまえになっていないのが現実です。
  住宅ではありませんが有名建築家の作品において、鋼製の手すりの鋭い角が子供の顔の高さに設けられているのを見たことがあります。また、同じ建築家の作品で、ある部分のコンクリートの角があまりにも鋭いために、無粋なガムテープの団子が貼り付けられているのを見たこともあります。全体のフォルムがストイックで美しく、高い評価を受けている建築であるだけに残念です。建物各部のデザインは、安全性を抜きには考えられないことを肝に銘じておく必要があります。
  避難安全性とは、言うまでもなく災害時、特に火災時における避難の安全性をいいます。火災が発生しにくく、万が一発生しても火災が拡大しにくい構造や材料とすることが必要です。これは、避難のための時間を確保するためです。避難経路はできるだけ短く、十分な幅があり、できれば二方向に避難路があるのが望ましいと言えます。一般建築物においては、用途や規模によってこの二方向避難が義務づけられています。

 住宅に必要な性能の第三は、利便性です。
  利便性とは、建物内や内部と外部とのつながりにおいて人やものの流れが合理的であるということで、平たく言えば使い勝手がよく便利であるということです。この点は、計画段階において平面図を見ながら十分に時間をかけて想像力を働かせ、日常生活に支障を生じないかどうかを検討する必要があります。

 住宅に必要な性能の第四は、健康性と快適性です。
  住宅は住むための器ですから、住む人の健康を保持し、快適に過ごすための条件を備えておく必要があります。住宅においては良好な日照や採光を得て、身体にとって適切な温熱環境と光環境をつくり、空気の衛生を保つことが重要です。
  原始時代の人間は雨露をしのぐために自然の洞窟などに住み、後には竪穴を掘って木で組んだフレームを載せ、草や土をかぶせて住居をつくりました。その後も、その時代の技術で可能な限り健康性と快適性を追求し、それぞれの地域の気候風土に合わせて合理的な住居を生み出してきました。わが国において木造建築の伝統と文化が育まれてきたのは、偶然ではありません。夏の高温多湿という気候条件が開放的な空間を求めていること、地震が多発することから石造などの組積造は不利であること、温帯にあって多雨の気候が豊かな木材資源を育むことなどを条件とし、健康性と快適性を求めた必然的な結果だと言うことができます。
  産業革命から現在に至る科学と技術の発達は、建築の分野においても新しい建築材料と新しい架構、新しい建築設備を生み出し、これらの多くは私たちの生活を豊かにしました。しかし、小さくない歪みが生じたことも否めません。化学物質の多用の結果としてシックハウスが生まれ、空調設備の偏重は資源とエネルギーを浪費し、本当の意味での健康性と快適性を生み出すに至りませんでした。これからの住宅は、健康性と快適性を、次に述べる環境との調和の中で追求していかなければなりません。

 それでは最後に「環境との調和」について述べましょう。環境との調和は、これからの住宅に求められる最も重要なものです。
  熱波、寒波、大雨、洪水、干ばつなどの異常気象が頻繁に伝えられます。この異常気象が地球環境の変調を直接反映しているのかどうかは分かりません。しかし、20世紀中に地上の平均気温は0.6℃上昇し、高緯度地方の永久凍土が溶け始め、アルプス、ヒマラヤ、アラスカなどの氷河や両極の氷が融解するなど、世界の雪氷面積が減少しているのはまぎれもない事実です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、21世紀の終わりまでに気温はさらに1.4〜5.8℃上昇すると予測しています。そうなると、海面は9〜88p上昇し、降雨量の増大によって洪水や地滑りが頻発します。水不足地域が拡大し、熱中症が増加し、マラリアやデング熱などの感染可能地域が拡大します。農林漁業や生態系への打撃は計り知れないものとなります。
  この地球温暖化は、人間の排出する二酸化炭素が主な原因であることは明らかです。温暖化以外にも、熱帯雨林をはじめとした森林面積の減少、オゾン層の破壊、大気汚染と酸性雨など、地球環境の破壊は問題が指摘されてから数十年が経過した今なお続いています。
  地球環境の破壊の根本原因は、資源とエネルギーの浪費の構造、大量生産・大量消費・大量廃棄という社会システムのスタイルにあります。これに対置すべきものとして、あらゆる分野における省資源・省エネルギーと循環型社会への転換があります。住宅については、新たな生産やその運用において、できるだけ資源・エネルギーの使用を少なくし、長持ちさせ、役目を終えても再使用するか再び資源として再利用することが必要です。このとき、企画・生産・運用・廃棄という住宅のライフサイクルをトータルに考えることが重要となります。

 以上、住宅に求められるものについて述べてきましたが、これらの一部は法律によって義務づけられています。「建築基準法」は建築物の安全や衛生に関わる最小限の基準を定めています。一般に「品確法」と呼ばれる「住宅の品質確保の促進等に関する法律」は、構造耐力上主要な部分や雨水の浸入を防止する部分について、10年間の瑕疵担保責任を工事請負者などに義務づけるとともに、住宅の性能評価と紛争処理のシステムについて規定しています。「省エネルギー法」の中には、建築主の省エネルギーに関する努力義務を規定した部分があります。これらの法律は、住宅生産を健全化する上で重要なものです。しかし、設計者や施工者は、法の遵守にとどまらず、住宅生産のプロとして、安全で健康で快適な住まいを提供する責任があると思います。
  本書は、住宅を設計する上で必要な環境との調和および健康性と快適性に関する基礎知識をまとめたものです。これから家を持ちたい人や建築士を目指している人、あるいは初学者の皆さんには全般的な知識を得るための一助となり、設計者や施工者の皆さんには知識と理論の再確認のための一助となればと思います。

2004年初春
大西正宜