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まもりやすい集合住宅


計画とリニューアルの処方箋




本書によせて/湯川聰子



 著者・故湯川利和は、1976年に自ら翻訳紹介したオスカー・ニューマンの著書『まもりやすい住空間』によって、住宅団地の設計次第で、犯罪被害の発生に大きな差が出ることを知り、犯罪の発生をおさえる新しい設計の考え方が生まれていることを学んだ。
 わが国の犯罪発生率は1973年を底として上昇の一路をたどっている。近年の屋外犯罪の凶悪化は、住宅環境設計の面からも、見過ごせない状況となってきた。しかしながら、これまでのわが国の住宅地設計のコンセプトは、余りにも防犯に無関心であり、多くのマンションや公営・公団団地は、まったく無防備なまま今日に至っている。
 一方、危険な状況を先取りしている先進国がアメリカである。この国では、防犯設計を明確に意図した集合住宅団地が、すでに30年前に建設されている。サンフランシスコ市の中層団地セント・フランシス・スクエアがそれである。20年前のものとしては、オスカー・ニューマンの提案による住宅計画・ニューアーク・モデルともいえるデアボーン・パークがある。このように1970年代以後欧米においては、60年代以前に建設された高層環境への反省から生まれた、新しいタイプの集合住宅が次々に出現している。
 著者はこうした新しいコンセプトによる集合住宅団地の現地を1980年代に歴訪し、観察した結果を報告していく。そこには、防犯設計を中心に見据えつつ、包括的な住環境デザイン研究の成果を踏まえて実現した数々の住宅団地の実例が登場する。著者は「新世代マンション」と名付けているが、これらを的確に評価し、紹介しようとする。本書を読んでいただければ、多発する犯罪被害で荒廃する高層住宅環境がある一方、数多くの集合住宅団地の改修や建設が、防犯設計の観点を大幅に取り入れて実施されていることがわかるだろう。この道の権威であるニューマン氏ともディスカッションの機会をもち、この先進的な欧米の実績を記録した本書は、急激な屋外犯罪の増加に対して、まったく無防備な日本の今日的課題に、即応する答えを提示するものといえよう。
 著者の研究歴を省みると、それは三つの時期に分かれている。すなわち長崎時代には、学位取得論文となったマイカーと都市構造の関係を主題としている。また、23年間の奈良女子大学在職時代の前半10年間は、先に述べたようにオスカー・ニューマンに触発されて、マンションや公営・公団住宅の防犯問題研究に取り組んでいる。この間、住居意匠学研究室において、研究室の総力を結集した調査研究に取り組んだ。
 近年には、著者の興味の主たる対象は高齢者の住まいに関する一連の研究にあった。一見、研究の方向は多岐にわたるように見えるが、終始自らの課題としたのは“人間のための”をキーワードにする住宅環境の計画のあり方であり、細部にいたるまでの設計に対する配慮であった。言い換えれば、巨大高層建築から人間的な住空間への転換を理論的に追求することを目指していたといえる。晩年には、著者が住環境デザインの歴史的パラダイムシフトと呼ぶ、近代建築の思想の転換が具体的に表現されており、著者が共感したアメリカやイギリスの建築書を、次々に翻訳紹介している。
 本書は集合住宅や住宅地一般のデザイン計画、リニューアルおよび管理方針に、即効的な防犯効果をあげうる実用性をもった示唆に富んでいる。それが本書副題の処方箋の意味である。しかしながら本書はそこにとどまらず、20世紀の建築理論に対して大きく理論転換を求める学術書でもあることを付言しておきたい。この設計理論のパラダイム転換については、本書「解題」にくわしい。
 著者は集合住宅を愛し、集合住宅地設計に打ち込んだ人であった。内外の住宅を見て歩き、防犯の観点から、子どもを育てる観点から、そして高齢者がくらす観点から、あれこれと批評することが大好きであった。本書を読みつつ著者と共に外国の住宅地を逍遥し、なるほどと思われた読者は、きっと、この次には自らの足で現地を踏んでみたいと感じられることだろう。(九州女子大学教授)
著 者



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書  評



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