シェア空間の設計手法


序 脱用途別分類、地域ごとの個性で見るシェアの場

 この本は、タイトルが示す通り、「シェア」という場の状況を設計側からとらえ、その手法をできる限りあぶり出そうとしたものである。

 これまで建築に近い分野では、三浦展の『これからの日本のために「シェア」の話をしよう』(2011)や、私たちが編著者メンバーである『シェアをデザインする』(2013)をはじめとして、シェアを社会現象として捉える書籍が先行していた。建築は社会がつくりだすものと考えれば、黎明期の出版物としては当然かもしれない。ただ、それから数年が経った今では、シェア的な場を成立させている空間は、現実のプロジェクトとして次々に生まれつつある。こうした状況を受け、本書ではより実践的な側面に焦点をしぼり、各々のプロジェクトにおける具体的な手法やアイディアをできる限り顕在知化する書籍をめざした。結果、多様なプログラムと事業スキームを支える優れた設計のあり方が見えてきた。

 具体的なプロジェクトを選定するにあたり最も大きな問題は、本書において「シェアとは何か」、あるいは「シェアがつくり出す価値は何か」ということだ。家族は家をシェアしているし、企業もオフィスをシェアしているし、公共も施設やインフラをシェアしている。極端に言ってしまえば何でもシェアになりかねない。ただこれら従来の事例に共通するのは、近代社会において、それまで自然と成り立っていたコミュニティに代わって戦後急激に発達し、単純化されたシェアだということだ。

 戦後の日本は、疲弊した国土を復興するために都市に産業を集積させ、環境の良い郊外に住居を開発し、それを
放射状の鉄道網で結んだ。地縁や血縁を断ち切り、新しい環境で自分の意志で生活したいという国民の夢に応えたこの政策は、親類間の独立性が高まる核家族を生み出した。視点を変えれば、家族を最小単位にしたことは住宅の着工件数を最大化し、都心と郊外を鉄道でつなぐことは交通の利用機会を増やすという、私鉄やディベロッパーの投資が加速する仕組みとも言える。地域ぐるみで行われていた冠婚葬祭は衰退し、核家族の居場所は図書館やホールといった公共施設と、ショッピングモールのような民間施設に回収された。生産の場としての都市、消費の場としての郊外、それを支える施設とインフラという構造は、すべて成長を前提とした社会の部品のようなものであった。

 しかし今日、人口減少やグローバル化によって、国全体が成長し続けることを前提とした理想の型は崩れつつある。人口が増えない自治体は公共施設やインフラを維持する税収が不足し、景気や人材流動によって終身雇用を保障できなくなった企業は、コミュニティとしての側面が弱くなった。住宅は平均世帯人数3人を下回り、核家族が必ずしも基本型ではなくなりつつある。今私たちの社会は、最小単位である個人に還元されつつある。
 私たちの扱うのは、こうした社会の状況を解決したり、そこから新たな価値をつくり出すようなシェアである。地縁や血縁のようなコミュニティではなく、核家族や企業といった近代的な組織単位でもなく、個人に還元された社会に、新たに多様なつながりを生み出すためのシェアである。

 今回掲載した 事例は、一見すると住まいであったり、働く場所であったり、カフェであったり、宿泊施設であったり、図書館であったり、福祉施設であったり、何の一貫性もない。しかしこれらの建築は共通して、高度成長期に生まれたステレオタイプ的な施設イメージを刷新し、これまでになかった活動・関係・つながりを生みだしている。こうした成果はもちろん、日々クリエイティブに活動している運営者が欠かせないことも多い。しかしもう一つ忘れてはならないのが、これを可能にする設計だ。大きな配置・構成から平面・断面の計画、家具・仕上・照明の微妙なチューニングにより、そこで可能になる活動の幅は全く変わってしまう。私たちが本書でクローズアップしたいのはこちらの側面だ。

 なかでも全ての事例に共通する大きな要素の一つに、機能の複合・融合化が挙げられる。近代のビルディングタイプは基本的には一建物 単一用途であった。オフィス 働くところ、図書館=本を読むところといった組み合わせである。それに対して今回の事例は、これまで出会うことのなかった人たちの接触機会を増やすために、複数の機能が重ね合わされている。家族でない人と同居できたり、カフェで子供の面倒を見てもらえたり、働く場所で様々な人々が交流できたりといった具合だ。私たちはこのことに注目し、分類をビルディングタイプ別にすることを避けた。代わりに大都市×都心、大都市×郊外、地方都市×都心、地方都市×郊外、超郊外・村落という地域による分類を行い、同じ分類のなかに様々な規模や用途の建築が混在する形式をとった。地域ごとの人口の量や密度、経済的な状況によって、成り立ちやすく相性のよいシェアの形にある程度類似性が見出せるのではないかという仮説からである。

 実際に、大都市では民間を中心に様々な試みが成されており、公共のものはほとんどない。掲載に至らなかったが候補に上がった施設も、同様であった。経済的に余裕があり人材も豊富な大都市の特性が現れていると言える。一方で地方都市×都心は、公共施設の取り組みが先行しているように見える。本書は設計的な側面に注目しているため、地域をつなぐ役割を担っている素晴らしい施設を、あえて掲載しなかった事例もあるが、公共の担う役割は多いように思う。経済的な側面を考慮すると、今後は大きな公共施設は難しくなる側面もあるだろうが、PPPなどを利用して維持することが想像できる。予想以上に多様な事例が集まったのは超郊外・村落だ。道の駅・コミュニティカフェ・福祉施設・サテライトオフィス・別荘など、様々な用途のスペースが成立している。一見バラバラなこれらの用途にはしかし、都市部からの一時的な人口移動によって成立するものが多いことは興味深い。結果としてこのまとめ方は地域の特性をあぶり出し、新しく企画や設計を行う設計者が、表面的な主用途の違いを超えて、とりくむ地域ごとに参考事例を検索することを可能にした。

 用途別分類を外した代わりに、各プロジェクトのページには、造語も含めた施設用途をオリジナルに記載すると共に、可能となっている活動をタグでわかりやすく表記した。どんなに小さな施設でも、一建物 単一機能とは全く逆の、多用途の複合建築であることがよくわかる。このことは、計画的な観点から見れば、設計資料集成に代表されるような近代的な建築計画の刷新といえる。単一用途より複合用途、ゾーニングより混在と可変、部屋と廊下より居場所の連続。社会が大きく転換するタイミングには、建築もまた変わる必要がある。本書はこのことを設計図書をもって具体的に示したメッセージなのだ。

 建築は大きな投資がなければ建てることはできず、建ってしまえばそう簡単には変えることはできない。時代の変化に対して、最もゆっくり反応することしかできない一方で、つくった空間は使われている限り影響し続ける。人口が減り、建築の着工件数は減る時代となったが、だからこそ、これから建てる建築は時代に即したものを大切につくる必要がある。そんな今だからこそ、この本が少しでも多くの設計者や学生、事業者に参照され、丁寧で豊かな場づくりが増えてゆくことを願っている。

2016年11月 猪熊純