シェア空間の設計手法


あとがき

 始まりは2015年4月、学芸出版社の井口夏実さんからの「シェア空間の設計や設計手法を示した本を一緒につくれないか」、という1通のメールだった。新しい場づくりに対して、企画や運営といったソフトへの注目は高まる一方、ハードへの期待はどうだろう。設計の果たす役割を表明するには絶好の機会ではないか、という想いもあり、迷わず快諾の返事をした。

 公共施設に行って、どうしようもなく居心地の悪いカフェでいたたまれない気持ちになった、という経験があるのは私だけではないだろう。プログラムの組み合わせは悪くないのに、設計が悪い、という典型的な例だ。あるいは、大学の設計課題で、パブリックな場に対して自由にプログラム提案を求めると、カフェ、ギャラリー、図書館などが同じ建築の中に配置されているものの、それは配置に過ぎず、それぞれの場がどうつながるべきなのか、補完し合うべきなのかという検討までできている学生は滅多にいない。そもそもプログラムの種類も貧困だ。先行事例をもっと知ることができたら、状況は変わらないだろうか。本書はそんな時に最適だ。様々なプログラム、事業スキーム、それを支える優れた設計を同時に見ることができる。そういう意味で、建築を学ぶ学生、設計者の方、そして事業者の方に是非活用していただきたいと思っている。

 事例を通してみると、どの事例も複数の用途が複合し、多くの場合スペースの重ね使いが発生している。時間や使い方によって場の雰囲気がダイナミックに変化していく様子が想像できる。また、屋台はもちろんのこと、縁側、外キッチン、土間、畑などを介して、屋外空間に活動が展開する事例も多く見られる。ここに集めた事例は、どれも着飾って出かける場所というよりは、普段着で入りやすく、活動が変化に富み、そのときの気分によって過ごし方が選べるような、何度も通いたくなる日常の延長にある。そこで展開する日常を少しバージョンアップするような取り組みが、個人と個人をつなぎ、地域を活き活きとさせるのだと思う。

 事例の大多数が2010年以降にできた場だった。これらの取り組みが描く未来にどれくらいの強度があるのか、現時点ではわからない。5年後、10年後にこれらの場所がどうなっていくのか、見続けることで明らかになるだろう。多くのトライアルの先に、よりよい未来が待っていると信じている。

 私自身、一設計者として、これまでのプロジェクトを思い返すと、FabCafeTokyo(2012年・第1期、2015年・第2期)と柏の葉オープンイノベーション・ラボ(31VENTURES KOIL)(2014年)での経験は大きい。デジタルものづくりカフェやイノベーションセンターの先行事例がないなか、運営方法も柔らかい状態から議論に加わり、必要な機能や各用途の面積、即ち設計条件すら一緒に決めて行った。打ち合わせの準備は毎回必死で、思うように進まない時もあった。当時に比べれば、現在はプロジェクトに関わる人たちの意見やイメージを聞き出し、デザインに結びつけて行くプロセスをだいぶ整理できるようになった。プロジェクトの規模によっては、模型や設計図による打ち合わせの前に、目標を見極め、条件整理をする期間を1?2ヶ月取ることもある。議論を見えやすくするための簡単なツールをオリジナルでつくることすらある。遠回りに見えるが、いざ設計を始めるとスケジュール通りに進むのは、関係者のあいだで目指すべきところが共有されていることで、大胆な提案も冷静に受け止めて判断することができるからだと思う。クライアントに迎合するのでもなく、設計者が勝手に走るのでもなく、その間で一番よい答えにたどり着く方法を常に模索している。

 本の制作にあたり、設計者のみなさんには、通常のお仕事で大変お忙しいなか、私たちの無理なお願いに快く応じていただき、本当に感謝しています。みなさんのご協力なしにはつくり得なかった書籍です。

 図面の他に 本のインタビューを収録しています。快くインタビューに応じてくださった松本理寿輝さん、籾山真人さん、森下静香さんにも、心より感謝いたします。そして、事例選定に始まり、何度も議論を重ねながら一緒に本をつくり上げてくれた、ツバメアーキテクツの山道君、千葉君、石榑君、西川さん、野村不動産の藤田君、山野辺君、中里さん、弊社スタッフの岡君、そして学芸出版社の井口夏実さんに、心から感謝しています。

 本当にありがとうございました。

2016年11月 成瀬友梨