名作住宅で学ぶ建築製図


はじめに

 建築設計を行なうには、まず、製図板の前を離れ、自らの求める空間的イメージを十分に想像してみることが大切です。また想像に伴って、空間的イメージの様々なスケッチを描いてみたり、あるいはスタディー模型を作ってみたりするのもよいでしょう。建築は、このような思考を経てはじめて創出されるのであり、建築設計の苦楽は、まさにここにあると言って過言ではありません。しかし、このようにして創出された空間的イメージは、当然のことながら、このままでは建築にはなり得ません。この際、空間のイメージを建築として形に表し、さらには他者に対して伝達をするための手段が必要です。そこで「設計図」が、最も主要な手段として意味を持つこととなるのです。なお、「製図」とは、このような設計図の作図を言い、設計図は、「図面」「設計図面」等と称されることもあります。
  重複になりますが、設計図の目的は具体的な建築の構成要素を表記して伝達することにあります。しかし一方で、設計図からは設計者の建築的思想や設計の試行錯誤さえも読み取ることが可能です。本書では、日本の近代以降における名作住宅を取り上げ、これによって製図の基礎を学べるように工夫しています。これから建築製図を学ぼうとする学生諸君においては、各建築家がこれらの設計図に意図した空間構成を注意深く理解してイメージし、さらには根気強く、そして確実に実習を行うことが大切です。
  なお、今日における建築設計の実務では、CAD(Computer Aided DesignまたはDrawing)を使用して製図を行なうことが主流となりました。しかしCADは、コンピュータを使用した便宜的な製図ツールの一つに過ぎません。ですから、まずは自らの手によって、しっかりと製図の基礎や技術を修得し、CADはこの後において活用するのが良いでしょう。

 本書に取り上げた設計図の詳細は、必ずしも各事例が実際につくられた状態に一致するとは限りません。これは、オリジナル資料の入手が困難であったのに加え、既に現存していないものもあり、様々な理由から不明点の確認ができなかったことによります。ただし、本書は建築を学び始めたばかりの学生諸君に対して、建築製図をわかりやすく解説することに第一の目的を置いています。このことから、これらの相違に関する更なる追求は行わないこととし、オリジナル図面を尊重した上で、適宜、加筆・調整を行っています。この点をご承知頂いた上で、思わぬ錯誤などがありましたらご教示賜われば幸いです。

 本書をまとめるにあたりまして、広瀬鎌二先生をはじめ、前川建築設計事務所、U研究室、吉村設計事務所、京都工芸繊維大学の松隈洋先生、ならびに東京工業大学の奥山信一先生には、資料の提供やその使用に快くご同意を賜わりました。また、学芸出版社の知念靖広氏には、本書の企画段階から適切なご助言とご尽力を頂きました。ここに全ての方々のお名前を記すことはできませんが、心よりお礼を申し上げます。

編者 藤木庸介