5 東京大学工学部1号館活用の考え方

駒田剛司(駒田設計事務所)



工学部1号館の歴史
 関東大震災後の本郷のキャンパスはほとんど使えなくなってしまって、工学部の建物も倒壊してしまったのです。そこで昭和10年に内田祥三先生が、今あるキャンパスのベースとなった計画案をつくりました。いわゆる「内田ゴシック」と呼ばれるものです。カレッジゴシックをベースとしたゴシックスタイルの建物をたくさん建てています。本郷キャンパスを歩かれるとお分かりのように、この1号館のような建物がいっぱいありまして、それが今の大学の統一感のある環境をつくっているわけです。
駒田剛司さん
 工学部1号館は平成6〜8年にかけて、大々的に増築及び改修されました。改修にあたって文部省からは壊すように言われたんですが、設計者の香山先生などと皆で反対いたしました。キャンパスのなかでも1号館というのは図書館に正対していて、図書館と1号館を結ぶ軸に対して直交する線上にあるのが、正門と安田講堂なんです。ですから本郷キャンパスの歴史的な建物の集まるエリアの中心的な存在になっているのです。これは絶対残さなければならないと決めました。


どのように残すのか
 改修部分はなるべくオリジナルの姿に残しておきたい。そのかわり、どうしても新しくしなければならないところは全く新しいものをつくろうと決めました。下手に古めかしいデザインをしないで、現代的なデザインをすることにしました。
 古い壁のタイルは、いわゆる「震災復興タイル」と呼ばれるもので、関東大震災後に建てられた建物によく使われたものです。このタイルはなるべくオリジナルに近い形に焼きなおして、はがれ落ちたところや開口部まわりのタイルを全て新しくしています。古いものはなるべく古いままの表情に残そうということです。
 サッシュはオリジナルはスチールだったのですが、それを復元するとなるとコストや耐久性に無理があるので、これは既製のアルミサッシュの型を組みなおして、もともとのファサードにあうようにデザインし直しております。南側の古いエントランスは、古い照明器具などを丁寧に補修して再生しております。
 現在会場となっている講義室ですが、ここにある机も、このタイプのものでは日本で残っている最も古いものです。これらも一旦全部工場に持ち帰ってきれいに補修して再生しています。
製図室


新旧を対比させる
 製図室(本書表紙参照)は、古い壁に対比して現代的なものにしております。もともとの建物は「日」の形をしており、中庭となっていたところですが、その中に床を張って現在は製図室にしております。昔の古い外壁が、製図室の内側の壁となっています。
 空調のタワーなども新しい材料を用いており、古く重々しいデザインに対して現代的ものを対比させることによって、一種の緊張関係が生まれてくるんです。それがこの増改築のポイントとなります。
工学部図書室
 その特徴が一番はっきりしているのが、建築学科の図書室です。割と重々しい古いデザインに対して、新しいものは鉄骨やガラスやコンクリートなどの材料を用いて、比較的単純な面と線だけで構成されるデザインです。そのために天井のコンクリートに梁がでないように構造を考え、ガラスのカーテンウォールにしても鉄骨の部分にはあざやかな色を使って新旧の対比を明確にしております。


保存で変わる建物
 こういった新旧の対比を特徴とした増改修の手法というのは、実は別に珍しいものではなくて、特にヨーロッパやアメリカでは日常的に行なわれており、ごく普通のことです。
 私は、文化的に価値のある古いものを残すということ、単に残すためだけの増改修の手法というものは、とても限界があると感じています。
工学部1号館裏側
 製図室は、元の中庭は基本的には人も入らないようなところだったのですが、現在では、これがはからずも建物の中心になっているわけです。建物の裏側も、ゴミ・資材置場といったような文字どおり裏側だったのですが、ここも新たに増築することで表の空間に引きずり出したんです。
 このようなことになると、新しい部分を単に付け足したということではなくて、建物全体が新しく生まれ変わってしまうんです。これはとても重要なことだと思います。建物の中だけに限るのではなくて、ここで紹介したエントランス、ホワイエ、図書室といった公共的な空間はキャンパスの空間に結びついていくように考えています。それによって、キャンパス空間全体に変換をうながそうとするのです。都市の中にある古い建物を残すことに限って考えるのではなくて、既存のごく一般的な環境や建物を再生していくことによって、都市をどのように再生できるのかというところまで射程に入れた方法論をこれから考えてゆかなければならないと思います。
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