はじめに
19世紀末から20世紀初頭にドイツ、 イギリスなどで、 近代的なまちづくりの仕組みが整備され始めてから1世紀が経過しようとしている。 その間、 近代的なまちづくりの仕組みを体系的に整備することに意が注がれてきた。 その完成された一つの体系がドイツのFプランとBプランに代表される2層制の土地利用計画を基礎とするまちづくりの体系である。
ところで近代的なまちづくりの仕組みは、 近代を支えた工業化社会に対応する仕組みであり、 土地利用の計画的規制による機能純化や都市計画道路網計画による効率的なネットワークづくりなどがその現われであると言われている。
近代を支えた工業化社会が一定の使命を終えつつある先進諸国では、 工業化社会を前提とした都市づくりの仕組みからの変化が求められている。 トランス工業社会(脱工業化社会ではなく、 工業を基礎としながらも、 工業の内容や質が変化している社会)への転換が、 都市構造の転換を促し、 まちづくりの仕組みを変化させている。
すなわち近代的なまちづくりの仕組みから、 現代的なまちづくりの仕組みへの変化である。 それをまちづくりの20世紀システムから21世紀システムへの転換と表現することも可能である。 そのようなまちづくりの変化を対比的に示せば次のようになる。
近代的なまちづくりの仕組みの要点を述べれば、 次のようになる。
ドイツの都市計画の仕組みは、 1987年の連邦建設法から建設法典への都市計画の仕組みの変化により、 既成市街地再編、 再開発中心のものとして変化し、 あわせて機能複合に対する規制対応が従来よりも緩和されている。 またイギリスのサッチャー政権による都市計画の改革は、 地方圏においては既存の2層制の土地利用計画を残存させながら、 大都市圏における自治体の都市計画の仕組みを、 2層制の土地利用計画から1層制の土地利用計画へと変化させた。 それによって自治体の事前確定的まちづくりから、 自治体と民間企業の協議によるまちづくりへの可能性を含めた制度システムへと転換した。
アメリカでもまちづくりの変化の特徴として、 1970年代に始まった自治体と民間企業の共同開発がある。 それまでの都心部再生を目指す自治体と地元の民間企業の一般的な協調関係から、 自治体を開発プロジェクトの共同投資者とする、 民間企業とのパートナーシップによる共同開発へと変化し、 さらにその後住民組織などが参画する協議型のまちづくりが仕組みとして加わった。 またフランスではZACと呼ばれる協議型まちづくりが大規模プロジェクトでは一般的に活用され、 日本にもよく紹介されているパリの大規模開発の多くもその対象となっている。
本書は上記したいくつかのまちづくりの変化のうち、 Bの自治体等の公共主体による事前確定的プランによるまちづくりから、 公共主体と民間企業、 さらには住民・市民の協議によるまちづくりへの変化に着目して、 イギリス、 アメリカ、 フランス、 ドイツ、 さらに日本を含めた先進諸国における「協議型まちづくり」についてまとめたものである。
それは日本においても1988年の再開発地区計画制度の創設により、 自治体と民間企業との協議によるまちづくりの仕組みが用意され、 その活用が図られているし、 今後ますますそのような傾向が強まると考えられるからである。
本書は、 数年前から近年の都市計画システムの変化を研究してきた計画システム研究会{小林重敬(横浜国立大学・座長)、 秋本福雄(東海大学)、 大村謙二郎(建設省建築研究所)、 大方潤一郎(横浜国立大学)、 小出和郎(都市環境研究所)、 鈴木隆(独協大学)、 中井検裕(明海大学)、 林泰義(計画技術研究所)、 水口俊典(都市環境研究所)}が本書のテーマである「協議型まちづくり」について毎月1回の頻度で開かれた研究会で、 約2年間の討論のうえでまとめたものである。
その間日本の経済状況が大きく変化し、 まちづくり、 とくに「協議型まちづくり」の活用が考えられる大規模開発の置かれている状況は激変したと言っても過言ではない。 しかし本書でまとめた協議型まちづくりの仕組みの重要性は長い目でみればますます高まるものと考えられる。
本書の誕生にあたっては、 都市計画システム研究会の活動に数年間にわたって研究助成を継続してくださった(株)東京ガス・首都圏部の暖かい支えと、 さらに夕方から開催される研究会にもかかわらず、 常に研究会に出席し実業の眼から助言をいただいた石塚正太郎氏(東京ガス・首都圏部)の存在に負うところが大きい。
また研究会の運営に協力いただいた鈴木弘子さん(横浜国立大学)、 中田京子さん(元横浜国立大学)、 市岡明子さん(都市環境研究所)、 中村昌広氏(元横浜国立大学)、 藤崎浩治氏(都市環境研究所)、 さらに出版に当たってひとかたならぬお世話をいただいた前田裕資氏(学芸出版社)に厚く感謝する次第です。
1994年4月 小林重敬