阪神・淡路大震災は、 都市環境デザインに関わる者に大きなインパクトを与えた。 そのインパクトは多面的であり、 また、 個人的でもあるが、 極めて根本的であることは間違いない。
阪神・淡路大震災直後のJUDI会員の動きについては、 関西を中心に JUDI NEWS 23号で紹介したが、 その後の活動にはめざましいものがあり、 これについては別途とりまとめる必要があろうと考えている。
こうしたさまざまな活動の中で、 〈都市環境デザインは何をなしたのか?〉〈都市環境デザインは何をなすべきなのか?〉などの問いに、 それは自らの問いであったり他者からの問いであったりするが、 晒された会員が多かったのではないだろうか。
実際、 被害実態の調査に共に歩いたある会員は、 〈環境の快適さばかりに目が行って安全性など考えてこなかったなァ〉と独り言ちたし、 復興まちづくりを支援しているある会員は、 〈日ごろからのまちづくり活動がやはり大事だな〉と強調した。 また、 倒壊した建物が片付けられ、 まるで新興住宅地のような景観がそこら中に現出するにつれ、 〈やはり都市環境デザインの役割は重要だ〉と確信をもって表明する会員もでてきた。
こうした状況下で、 都市環境デザイン会議の関西ブロックでは、 以下のようなセミナーを連続的に開催した。 これらのセミナーが、 後掲する榊原論考の背景にある。
原稿の取りまとめ等については、 関西ブロック会員の小浦久子と大阪大学大学院生の三宅正弘にお願いした。
以上、 震災直後の素朴な印象記と、 震災後数箇月の間に行われたさまざまな熱い議論を踏まえての考察とが、 ここには含まれている。 こうした印象や都市環境デザインに関する考え方が風化しないよう、 さまざまな場面で復興に取り組むとともに、 都市環境デザインの向上を目指していく必要がある。