北米のまちづくり

まえがき

 我々の多くは、自分の生まれ育った町に誇りを持っている。それはメトロポリスと呼ばれ、文化・技術面でも一流の大都市かも知れないし、あるいは独自の伝統文化を育んできた地方都市かも知れない。また大自然に溶けこんで暮らせる町や村の場合もあるであろう。ふるさとの町は家族や友達や近隣の人々と像が重なり合い、町全体の息遣いが驚くべき詳細をもって我々の中に生き続けているのではないだろうか。

 その町は何年も経ってからそこへ帰り着く者もいれば、中には二度と戻らない思い出の場となることもあるかも知れない。そして恐らく第二第三のふるさとを持つ人々も多いはずである。それは仕事の場であったり、家庭を築いた場であったり、また第一のふるさとよりも身近な生活の母体となることもしばしばある。複合的な原風景を持ったコスモポリタンも今後ますます増えてくるに違いない。

 そして当然のことながら我々は町から町へ行き来するが、町は進化しながらもその場所にいつも存在する。つい最近まで我々は自分の身一つでミツバチのように文化・情報を媒介して町の進化の手助けをしてきた。しかし、いまや人の身を介さない情報が互いの町の文化に影響する時代である。特にアメリカの大都市はそれぞれの独自の生い立ちにもかかわらず、一見皆同じようになりたがっているかに見える。

 私は北米の西海岸で過去15年間様々な都市の再開発の仕事に関ってきたが、私だけでなくアメリカやカナダの多くの都市計画家が常に腐心してきたのは、経済開発ももちろんであるが、もう少し精神的な面で、ある一つの場に共通な価値観を利用者や一般市民のために用意することであったように思う。

 中でも解決すべき問題の上位を占めてきたのは町の安全と伝統保存、そして活性化ではなかっただろうか。日本の大都市には比較的少ない悩みかも知れないが、我々は、常にどうやって人を集めるか、公共財産である場の特性をいかに保存するか、また誰かに襲われそうな怪しい場所をいかになくすか、といったことにかなりのエネルギーを使ってきた。

 住み着いて10年になるこのサンフランシスコはとても不思議な町で、時にはその地方都市性にうんざりしたり、日常的なせちがらい競争にしばしば不満を持って住んでいるが、他の町から帰って来ると必ずここが一番と思わせる魅力を持っている。やはり私が12年住んだ東京にしても、一番と思わせる魅力を持っていた。東京ほど歩いて面白い町はそれほど多くないと私には思えてならない。

 このように町に住む我々の誰もが日々の暮らしを時には楽しみ、時には疎み、また日常を越えた経験を求めたり、生産に没頭したりしているわけであるが、その一人一人の生活者に尋ねてみると、まずほとんどの人が自分の町の長所短所を的確にとらえているのではないだろうか。

 ところで、今年(95年)はジェーン・ジェイコブス女史の不朽の名著『アメリカの大都市の生と死』が出てから34年になる。私にも大きな影響を与えたこの本の魅力の一つは先刻の生活者の観点からまちづくりを述べた点にある。アメリカの大都市は決して死ぬことはなく、彼女が提唱した都市の活性化の手法は今でも受け継がれ、さらに具体的な経済的、政策的なシステムが新たに工夫され、実行されている。

 カナダの主要都市の、アメリカとはまた違った進歩的な方法も特筆に値しよう。本文でも述べたように、カナダの都市計画は決してアメリカのそれの亜流ではなく、まったく独自のものである。アメリカの諸都市に比べて今まで紹介されることが少なかったのが不思議なくらいで、今後も注目し続けて、折々に紹介してゆきたい。

 ここに取り上げた6都市の事例はそれぞれの分野において時代の最先端をゆくものであると信じている。これらの事例を現場取材に基づき分析して、都市生活者の共通の関心事であるまちづくりの重大な課題として紹介しよう、というのが本書の試みである。

 都市の実態は常に変わって行くとすれば、都市計画にはプロセスしかよりどころがないのではなかろうか。創られた環境はたまたまその結果であり、現代技術を駆使して出来た町並みも、極言すれば「もの」は「もの」でしかない。都市計画にも「たましい」が必要ではないか。そしてその「たましい」はプロセスにある。ところが、プロセスにも実は技術が必要で、その技術も絶え間なく進化してゆくのである。

 将来我々の住む町がより良いプロセスを用いて真の町らしく進化してゆくことを何よりも願って読者の方々と共に考え、実行してゆければ幸いである。

 今回の取材および研究には多くの方々のご協力を得た。カナダとアメリカの連邦政府、州政府、市政府などの様々な機関の都市計画家や行政官の方々をはじめ、民間コンサルタントや都市計画家および建築家の方々のひとかたならぬご親切と職業上の熱意に心から感謝している。ほとんどの方は本文中に紹介されているので、ここでは省略する。

 そして第6章「防災と復興」に関連して、私の友人で大成建設技術研究所の藤井俊二博士にはたびたび国際電話でご教示頂き大変有難く思っている。そして私自身少年時代の17年間を過ごした阪神地区で、大震災の犠牲になられた方々に深い追悼の意を表するとともに、都市と生活の再建に全力をあげておられる方々に、心より声援と賞賛をお送りしたい。そして本書が、今後の都市のあり方を考え、異常な緊急事態に備えるための一助になれば、と願っている。

 ここで特に、本書の出版に関してお誘いを頂き、たびたび貴重なご意見を下さった学芸出版社編集部の前田裕資氏に特別の御礼を申し上げたい。最後に、私の仕事を支援し、共に内容を吟味してくれた妻の\j眞\j美にも大変感謝している。

  95年2月
  川合正兼


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