大道芸イキイキ空間

1章 大道芸の魅力(部分)


キャロライン・サイモン・カンパニー


大道芸と私の出会い

 どういうわけだか分からないが、 その場所にいるだけでものすごく幸せな気分になったり、 楽しい気持ちになれることがある。 物理的に快適であることを超えて、 空間が「ハッピーに感じなさい」と人間に語りかけてくるようなパワーがある。 それに包まれて気持ちが高まる。 私はそれを「空間の感触」と名づけている。

 私は、 空間の感触を作る重要な要素として建築と都市があると考えた。 しかし、 まったく同じ場所でも、 その場所自体がエネルギーを持ち魅力を発散している時と、 そうでない時がある。 一体それが何なのかを知りたかった。 ある日それは、 そこに存在する人間によるのではないかと思い立った。 そして、 そこにいる人間をハッピーな気分にさせている要素のひとつが、 ストリートパフォーマンスだと気づいた。

 私がストリートパフォーマンスの魅力に触れたのは一九七六年。 十七歳の時だった。 当時高等専門学校で建築を学んでいた私は、 建築や都市を見たくて単身アメリカに行ったのだが、 そこで空間の魅力を作っているものが、 必ずしも建築のデザインではないことに気づいた。 ましてや嬉しくてしかたがない気分になれるのは、 何かの刺激に触れた時である。

 ある夜、 サンフランシスコに着いた。 不安な思いで安宿にたどりつき、 深い眠りについた。 翌朝目覚めた時は正午だった。 天気の良い澄んだ空の日で、 外に出たときカンカンカンという鐘が聞こえた。 そして、 目の前をケーブルカーが通り過ぎた。 私はあの感動を今もはっきりと思い出せる。 観光の乗り物であるケーブルカーが、 まちそのものの風景を作っている。 それは乗り物なんかではなく、 交通機関という機能を持った景観だ。 映画や雑誌で見る都会の風景の中に、 かわいいケーブルカーが必然的にいたのだ。 私は動くものも、 都市空間の要素だということを知った。 ケーブルカーのワイヤーを巻く音、 ブレーキ、 鐘などの音やケーブルを擦るちょっと焦げたような匂いが、 サンフランシスコのまちを魅力的に見せていると思う。 視覚と一緒に聴覚や嗅覚の刺激が、 Feeling of Space空間の感触なのだと悟った。


サンタの腹話術

まちのあちこちのコーナーでパフォーマーたちが楽しさを作りだしているサンフランシスコのダウンタウン。


 くだんのケーブルカーはただ乗りの方法を覚え、 毎日フィッシャーマンズワーフに出かけた。 坂道を登ったり下ったり、 そのたびに風景が変化し、 どうかすると天候まで変わる。 海が見えたのでもうすぐかと思うと、 またチャイナタウンに入っていくというコースが、 とんでもなく楽しい。 決して飽きることはなかった。 坂に沿って立ち並ぶパステルカラーのビクトリアンハウスの一軒一軒の色が違い、 デザインが違う。 出窓のロマンティックな装飾に、 そこに住まう人の個性が見える。 私はしょっちゅう降りて、 スケッチブックを広げていた。

 このまちは表情を変える。 坂があるので、 ちょっとした光線の変化が違った雰囲気を作るのだろうか。 また、 チャイナタウンとノースビーチと呼ばれるイタリア街をケーブルカーが通り抜けるが、 それぞれの独特の食べ物の香りがする。 偶然このふたつのまちは、 同じ赤と緑の色使いのエリアだが、 まったく違うデザインと雰囲気に感嘆させられる。

 魅力的なのは、 時間の表情だった。 坂道やガラスをたくさん使った高層ビル、 海の色は時間の変化を映し出す。 また、 九月、 十月頃はインディアンサマーと言って真夏よりも日中は暑くなるのだが、 夜は冷える。 Tシャツの人と毛皮の人がすれ違ったりする光景を目にして驚いた。

 
街角のオペラ
カセットデッキの演奏で歌うオペラ歌手は、 イタリアにオーデションを受けに行く旅費を稼ぐためにストリートパフォーマンスをしている。 車の騒音をものともせず、 冷たい空気の中に迫力のある声を響かせていた。


 毎日毎日楽しめたのは、 そこにストリートパフォーマンスがあったからだろう。 英語もできなかった私が、 ストリートパフォーマンスを見て笑う。 世界各国から集まって来た観光客と、 地元の人が同じパフォーマンスを囲み、 笑いを共有している。 文化も習慣も異なる者たちが、 ある時間ある空間に偶然に居合せたというだけで、 人間が持っている共通の感受性を刺激され、 ストリートパフォーマンスを媒介として楽しさを分けあえるのだ。 人間と人間がどう出会うかの仕掛けもまた、 まちの魅力を作っている。 そしてストリートパフォーマンスは、 その出会いの仕掛けの中心である。

 同じ場所でも、 そこでどんなパフォーマンスが展開されているかで違う空間のように感じる。 音楽、 マジック、 マイムなど、 シンプルなものが多かったが、 いつも楽しい気分になった。

 今ではたいへん有名になっているキャナリーとギラデリースクエアの古めかしくて温かい建物は、 当時からストリートパフォーマーのステージだった。 また、 ビーチストリートにもいろいろな肌の色の、 いろいろな種類のパフォーマーがいた。 ピア39はまだなかったが、 港町らしい情緒あるパフォーマーがたくさんいた。

 そして、 夜はチャイナタウン。 風が独特の動きをするこのまちは、 音の流れがおもしろい。 近くにいるのになかなか聞こえてこなかったり、 随分と遠くから聞こえることもある。 サンフランシスコの街角で聞いたサックスの音色に、 これがブルースだったのかと泣いてしまったことがある。 いつまでも同じメロディを繰り返すケーナの乾いた音に、 行き場のない人の心のやるせなさを感じたり、 チャップマンスティックの美しい音色に力のない人間の悲しさを感じながら、 サンフランシスコという国際都市の独特の味と香りを心に焼きつけていた。 十五年たった今も、 耳と瞼とそして坂の傾斜が足の裏に甦るほどだ。

 気がつくと、 サンフランシスコに来て一カ月になっていた。 それでもまだ今まで見たこともない変な人間がうようよいた。 踊りながら歩いている人や、 私に歌いかけてくる人など、 笑っていいのか怖がっていいのかも見当がつかない。


  • サンフランシスコで見かけた風船クラウン


  •  ある日曜日、 カリフォルニア大学バークレー校に行った。 この学校は、 七〇年代になってもヒッピーがたくさんいた。 ここのゲートを入ったところの広場で、 太鼓を叩いている黒人の男がいた。 どんな太鼓だったのかはまったく覚えていないが、 和太鼓のような立派なものではなく、 手で叩いていたのではないかと思う。 シンプルな構造の太鼓を叩いているだけなのに、 その音色がひどく魅力的で、 しかも引きつけられるのだ。

     ここのキャンパスは緑が豊富でリスが走り回っているようなところなのだが、 緑から発する酸素がそっちの方向へ流れていたような気がする。 ユーカリの木の葉が全部そっちへ向いていたような感じなのだ。 私は引きつけられて近くへ行った。 すると、 一人の白人の女性が踊っていた。 特に何スタイルと言えないダンスだが、 すごいパワーで見る者を引きつける。 美しいとか楽しいとか、 そんな感情の付け入る隙はなかった。 とにかく太鼓は鳴り続け、 踊り続けている。 それを大勢の人間が囲んで地面にしゃがみ込んで見ている。 そこだけ違う空気が流れているような感じがする。 見ている人の意識と、 周辺の緑から発する何かを吸い取っているかのような踊り。 そして太鼓を打ち鳴らしているのだ。 激しいリズムになると、 その輪が小さくなり、 観客もすごく集中してくる。 リズムが緩慢になると、 輪が大きくなりリラックスしてくる。 連れの者に促されて立ち上がった時は、 一時間が経過していた。

     その間、 何の感情も持たずにボーッと見ていたのだと思うと、 かなり特殊な体験だったと思う。 パフォーマンスで空間を作るという現象を、 目の前で見せられた。 パフォーマンスの持つパワーは、 パフォーマーのパワーと、 パフォーマーが観客から引き出すパワーとの増幅で、 大きくなったり小さくなったりするものだということを見せられた。 後から考えると、 回りの誰かがドラッグを吸っていてその煙を吸い込んだのか、 その前に食べたピザに何か入ってたのではないかと思えるほど不思議な体験だった。

     その後、 一度日本に帰った私は、 八四年から八五年にかけて再度アメリカに渡った。 ボストン子供博物館で、 インタープリタ(展示の説明員)の仕事とキットレンタル部で貸し出し用の展示物の開発の仕事を与えられたが、 同時に通算四カ月もの間、 北米のさまざまな都市を訪ねた。 商業開発、 コンベンション施設、 シティセンター、 子供博物館、 科学博物館、 水族館、 ウォーターフロント再開発、 テーマパーク、 老人のためのまちまで回り、 体力の続く限りの貧乏旅行の後、 発見したことがあった。 それは、 魅力的なまちには、 必ずストリートパフォーマーがいるということだった。 退屈な都市でも、 ある広場にさしかかった時、 とても素敵な雰囲気に出会うことがある。 そこには南米からの出稼ぎフォルクローレの歌と踊りがあり、 人の笑顔があったという具合だ。

     「大道芸人のいる空間は、 必ず魅力的だ」という乱暴な仮説を立てた。 そう意識しながら観察すると、 やはり魅力的な空間には自然に大道芸人が集まってきている。 そして、 そのパフォーマンスの質が高ければ高いほど、 その空間は魅力的だ。


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