市民のためのまちづくりガイド

はしがき




はじめに

1 この本は誰に向けて書かれたのか?

 この本は誰に向けて書かれたのか? それは、
 まちづくりという言葉は、ここ15〜20年の間でずいぶん日常生活の中に浸透してきた。「このまちはごちゃごちゃしているから、『まちづくり』でなんとかしてほしい」「こんなに交通渋滞が発生するのは、『まちづくり』がなっていないからだ」「水辺の環境や今ある樹林等を生かすのが、本当の『まちづくり』ではないか」等々。しかし、このまちづくりを進めようとすると、とたんにわからなくなってしまう。
 例えば、

 少し考えはじめただけで、いくつかの疑問がわいてくる。
 こうした疑問が出てくる原因の一つ目には、まちづくりの中核と言える都市計画の仕組みが、全体像を理解するには極めて難しく複雑になっていることが挙げられる。例えば地区レベルのまちづくりを考えようとしても、都市レベルの既存計画をある程度理解するか、適切なアドバイス等によって制約条件等を理解しなければ現実性が出てこないのである。
 二つ目には、まちづくり関連の法律体系の複雑さが挙げられる。まちづくりの仕組みを定めた最も基本的な法律は都市計画法であるが、そればかりではなく、いくつかの法律がまちづくりを取り巻いており、相互関係が複雑である。個別法として土地・建物利用関係(例えば農業振興地域の整備に関する法律や建築基準法)、都市施設関係(例えば道路法や都市公園法)、市街地開発事業関係(土地区画整理法や市街地再開発法)、国土計画・地方計画関係(国土利用計画法や大都市地域における住宅及び住宅地の供給の促進に関する特別措置法)など種々の法律がまちづくりに直接的に関係しており、またその法律に基づく諸計画も既に立案されている場合が多い。最近では、市街地の物的整備と商業活性化を総合的に支援するための中心市街地活性化法にみられるように、法律自体に横断的性格を帯びるものが出てきている。さらに、本格的なまちづくり活動を展開していくには、特定非営利活動促進法(NPO法)も気になるところである。それらの関係と自分達のまちづくりとの関係を理解するには、専門的知識がどうしても必要である。専門家と上手につき合うというテーマも、ここから来ている。
 三つ目には、行政の仕組みが一般からみればわかりづらいことである。民間サービス企業のように窓口の一本化がされておらず、縦割りの対応にまずとまどうだろう。地域の問題・課題を総合的に取り上げ検討していくまちづくりには、行政の組織はうまく対応していない面がある。また、行政の意志決定の仕組みは公共性と公平性を確保するため慎重かつ透明であらねばならないが、そのチェックが庁内及び庁外にいくつもあって、どの段階でどの程度までの意志決定が行われていくのかが極めてわかりづらい。市民の関与の段階や内容も、わかりやすく説明されているとは言い難いのである。
 四つ目には、まちづくりというだけあって、都市計画の計画技術や法令の駆使だけでなく、都市内に住む様々な人々との情報交換、意見交換、利害調整、合意形成が必要となる点である。地域の合意形成であるから、会社組織のような指示・命令系統はない。上下関係がなく水平関係の中での集団としての意志決定が最終的に必要となるのである。
 これらの連続パンチというか、幾重もの壁に気づくと、まちづくりの最初のドキドキした夢や熱い思いが時として萎えてしまうこともある。始めるのは簡単であるが、持続し、かつ成果を生み出していくのは確かに大変なのである。
 それだからこそ、できる限り平易で分かりやすく、しかも実際のまちづくりに取り組んでいる市民の皆さんの役に立つような、的確なまちづくりのガイドブックが必要である。個々の詳細はそれぞれの専門図書に譲るとしても、市民にとって全体が見渡せる手引書が必要である。こうした問題意識から、本書は生まれた。
 自分の抱えているテーマから読み始めてよし、まちづくり実現の制度(ツール)で悩んでいるのならそこからでよし、行政や専門家あるいはまちづくりの応援団とのつき合い方ならそこからと、ノウハウ本的あるいは逆引き的にも使えるように編集したのも、そのためである。

2 個人の考えから地域の合意へ!


 本書を読むにあたって、ぜひ留意していただきたいことがある。
 それは、一人一人の主義主張のみでは、まちづくりは決して進まないということである。もちろん、一人一人が意見を持っていることは当然で、またそうでなければ困る。都市は多様な人々で構成されてこそ、魅力を持ち続けられるからだ。ただし一人一人が集まって全体となるのであるから、それぞれをつなぐ「共通の意志」が必要である。「共通の目論見・企て」がまちづくりである。まちづくりは、住民・市民の個人の考えをたばね、最終的には地域の総意へと高めていくムーブメント(社会的運動)にほかならない。あるいは、小さな利害調整から始まって、大きな利害調整へと上昇させていくムーブメントである。
 これまでの都市計画の立案では、行政が考えを説明し、それに対して個々人がそれぞれの意見・要望を出す形式で、市民と接点を持っていた。YESと言う人、NOと言う人。Aという条件を出す人、Bという条件を出す人。皆バラバラであった。市民は、個々の要求・提案を行政にぶつけてくるのである。
 市民がバラバラであるため、その意見・要望等の反映の仕方は行政にまかされるしか仕方なかった。行政が良かれと思って修正しても、必ずその修正に反対する人が現われる。市民の意見・要望等を聞いただけでは整理できない現実がある。また、計画案の大きな修正では、将来像の再検討や利害調整のやり直しが必要となる。こうした抜本的な見直しも行政は避けてきた。最初から地域がまとまることは無理と諦め、そういう進め方をしてこなかったのだ。
 地域の住民は、様々な動機により居住・営業しており、属性も多様である。あるいは現在の土地・建物の利用状況も多様である。そのため、ある改変を行おうとすると、必ずや利害のくい違いが生ずる。これは、当たり前である。
 しかし、その違いにのみ固執していたのでは、まちづくりは進まない。共通点を見つけ出す。あるいは、利害調整のあり方を考える。一見異なった要求も、高い次元で共存させることができるかもしれない。それこそが、まちづくりの「計画」というものではないか。
 また、地域の合意づくりのために、組織が必要である。組織というと堅苦しくなるが、地域の合意を如何につくりあげるか?どう確保するのか?ということを考えると、やはりまちづくりの目的に見合った組織を考えざるを得ない。
 地域構成員の全員の合意。これが望ましいことは言うまでもないが、現実的ではない。かといって、それに関心ある人だけが集まって、いくら議論し、まとまったとしても、それは地域の合意ではない。全員参加、全員合意とまではいかなくとも、地域での一定の認知や内容の周知が行われ、常にフィードバックできる仕組みを確保した組織がまちづくりには必要なのである。
 さらに、住民のみならず、企業の参加ということも、これからは重要である。
 企業市民という言葉が使われるが、企業は立派な地域の構成員である。企業が地域のお祭りに大きく貢献している事例は数多く存在する。都心部では、企業の町会参加なくしては町会そのものが成立しない状況まで出てきている。郊外の大きな企業は、地域の経済を支えている。あるいは、企業は大きな敷地の所有者であるケースが多く、その土地利用の転換は、経済のみならず地域の物的環境にも大きな影響を及ぼすだろう。さらに、大規模でなくとも、地域の商店街を構成する商店も、企業である。事実、商店街振興会などの組織は、商業空間づくりのまちづくり組織でもある。
 これからは、企業と地域住民とが共通のテーブルで議論しあうことも、まちづくりは必要としている。
 まちは、個人財産と公共財産の集合体であるが、一方で環境的には運命共同体である。所有については、それぞれの立場を尊重しつつ、利用については、地域の総意で主体的にコントロールしていく発想がまちづくりには必要なのである。

学芸出版社
『市民のためのまちづくりガイド』トップページ
学芸ホーム頁に戻る