撤退の農村計画
過疎地域からはじまる戦略的再編
はじめに
1 本書の特徴 本書は過疎地における「むらづくり」のたたき台のひとつである。本書のタイトル、「撤退の農村計画」はずいぶんと過激なものである。それにもかかわらず本書を手に取ったかたは、今の過疎地、過疎地対策に漠然とした閉そく感をお持ちのかたではないだろうか。
確かに都市に住んでいる人の目は農山村にむかっている。むろん、これは望ましいことである。若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住などによって人口を維持することこそ正攻法である。希望にあふれた事例もある。とはいえ明らかに何かが足りない。それらだけですべてを守りきることはむずかしい。人口を維持することができない集落はどうすればよいのか。答えはなかなか見つからない。結局、次世代に荒れた山野と膨大な借金(国債など)を残すことになるのではないか。
本書は、そのような閉そく感を打ち破るものである。どちらかといえば、「若い世帯の農村移住などで人口を維持することができない集落」が主人公である。国土利用再編の戦略にも言及する。本書では、「集落移転」など、これまでの感覚であれば「ありえない」とされるものも選択肢のひとつとして登場する。「強制移住ではないか」「住んでいる人の気持ちを踏みにじっている」「机上の空論である」「過疎地の切り捨て」「経済至上主義」といった批判が考えられる。しかし本書を順に読み進めていただければ、それらは必ず解消すると確信している。ほかにも、「荒れた人工林を自然林に」「放棄された水田を放牧地に」など、これまでの感覚であれば、「ちょっと待った」とされるものが登場する。本書をたたき台として、集落のみなさんで大いに議論を進めてほしい。
本書における「撤退(積極的な撤退)」は、長い時間軸でみれば、力を温存するための一時的な後退である。むしろ、「攻め」の一環といってもよい。本書を読み終えたときには、過疎地の希望のある未来が想像できるはずである。
2 本書の構成 第1章では過疎地の現状について説明する。現状については十分に知っているというかたは、第2章から読みはじめてもほとんど問題はない。第2章では過疎地の問題が一見無関係にみえる多くの国民にも深刻な被害をもたらすことを示す。田畑の消滅、文化の消滅、二次的自然の消滅である。2・4では財政の悪化についても言及する。第3章では従来型の対策では、すべてを守りきることがむずかしいことを説明する。若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住を取り上げる。なお、この章の目的は従来型の対策そのものを否定することではない。
第4章からは「積極的な撤退」という新しい戦略の説明である。あえて一口でいえば、「進むべきは進む。一方、引くべきは少し引いて確実に守る」という戦略である。確固たる将来像もなく、なりゆきまかせで、ずるずると撤退することではない。4・1では基本的な方針を示す。ここは絶対に読み飛ばさないでほしい。「積極的な撤退」で、もっとも意見がわかれるところは「集落移転」であろう。4・2から4・4では、過去の事例から集落移転の是非を検討する。なお、「積極的な撤退」を批判的な視点も含めて、学問の面からみたものが「撤退の農村計画」である。
第5章と第6章では、「積極的な撤退」をイメージするためのラフスケッチを提供する。第5章は集落移転、山あいの文化を守るための拠点集落の話、第6章は田畑や山林、道路網の話である。目に見えにくい問題、すなわち土地の所有権の問題も取り上げる。なお、田畑や山林は気候などの影響を強く受ける。本書の提案にこだわらず、状況に応じて適宜改良してほしい(特に北海道など)。
第7章は「積極的な撤退」への道のり、さらなる拡張の話である。7・1では「集落診断士」という新たな職能の確立を提案する。7・2では「流域」という視点を取り上げる。7・3では時間軸を延長する(100年先へ)。「積極的な撤退」が希望ある未来にむけてのプロセスのひとつであることを説明する。誇りの再建といったメンタルな問題にも言及する。
3 高齢者と次世代を担う子どもたちのために わたしは仕事柄、多くの「ごくふつう」の過疎地を訪問した。病気がちになった高齢者から、ぽつりぽつりと集落を離れる。これは、とてもさびしいことである。「(病気がちになって)施設や都市部の子どもの家に行ったら、人生おしまい」という過疎地の高齢者の言葉もわすれられない。緑豊かな山あいから土のないコンクリートの都市へ。まわりに友人はいない。これがどれだけ高齢者の心を痛めるか。わたしは限られた税収(財政)のなかで、過疎地のひとりひとりの「笑顔」を守りたい。
わたしは以前、小学生に理科を教えていた。今でも研究中にふと子どもたちの「笑顔」を思い出す。次世代を担う子どもたちには、借金(国債など)ではなく、豊かな自然とその恵みを利用する技術を残したい。石油や食料の大量輸入がむずかしくなった場合のそなえとして。
2010年7月吉日 林 直樹
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