ここ数年、いくつかのアメリカの中小都市が活き活きしている。ここで、中小都市とは人口5万人から15万人くらいの都市である。ダウンタウンには人が集い、公共空間はアメニティの高い都市デザインが施され、広場では大道芸人がパフォーマンスをしている。アメリカの郊外住宅地に広がるショッピングセンターの、地域性とは無縁な無個性な空間とは異なり、ヒューマン・スケールとその土地固有の場所性に溢れている。都心居住も進み、一時は衰亡していたダウンタウンにはレストランなどが再び店を開き、集合住宅もつくられ始めている。
コミュニティ、ヒューマン・スケール、都市デザイン、アーバニティ、公共性(パブリック)、サステイナブル、多様性……このような価値観を重視する人達がアメリカでは増えている。そして、このような人達が理想とするライフスタイルの舞台の場として、いくつかの中小都市が脚光を浴びているのである。
衰退を克服した5つの都市
本書は、このような元気で、英語でいうところの「リバブル(livable)」なアメリカの中小都市を5つ紹介する。その5つの都市とは、デービス(カリフォルニア州)、チャールストン(サウスカロライナ州)、バーリントン(ヴァーモント州)、ボルダー(コロラド州)、チャタヌーガ(テネシー州)である。どれもが、住民のための生活環境の質の高さ(クオリティ・オブ・ライフ)を実現するために、住民自らが将来像を決め、それを具体化するために住民主体で長年、取り組んできて、その成果が花開いた都市である。
デービスは、ゆっくりと成長するというポリシーを掲げ、経済的な成長より市民の豊かさを実現する生活環境の確保を優先した。そしてオープンスペースに溢れ、自転車専用道路が縦横に広がり、さらに周辺の農産物を消費することを通じて、都市と農地とを共生させることに成功した。
チャールストンは、その貴重な歴史的建造物を市民達の力で保全した。そしてさらにダウンタウンとウォーターフロントの公共空間に都市デザインの実践を通じて魅力を付加することで、その都市のユニークなアイデンティティを維持し、さらに強化した。
バーリントンは郊外化でダウンタウンの衰退がみられ始めた中、都市の心臓ともいえるダウンタウンのメイン・ストリートから自動車を排除し歩行者専用道路にし、さらに公共空間であるこの道路を維持管理する組織を設立することで、多くの人々を都心へ集客した。
ボルダーは、都市の無秩序な拡張を抑制するために、グリーンベルトを整備し、年間の住宅建設数に上限を設けるなどの成長管理政策を実施し、さらには建物の高さも規制するなど、豊かな都市の将来を確保するための施策を展開してきた。
チャタヌーガは全米最悪の大気汚染の都市という汚名を晴らすため、そして主要産業である工業の衰退といった経済的危機を、チャタヌーガ・ベンチャーという市民参加のプラットフォームを構築することで、市民の共有意識と責任感を醸成し、リバーフロントとダウンタウンという忘れ去られていた資源を再生させ、不死鳥のように都市を蘇らせた。
どの都市も、そのような取り組みを始めた当初は、周辺はどちらかというと冷ややかに反応していた。しかし、成果を出すことで、新しい規範となることに成功する。これらの都市が、どのような経緯で、現在のような高いクオリティ・オブ・ライフを実現できる都市へと変容したのか。それを日本の読者に明らかにしたい。それが本書を執筆した動機である。
我が国の中小都市の再生に向けて
残念ながら我が国の中小都市は、このところ大変元気がない。特に2000年の大店法の廃止によって、中小都市の中心的存在であった中心市街地は壊滅的なダメージを被ったところが少なくない。「リバブル」どころか、病気で衰弱しきっているような状況である。これに加えて、人口の減少、高齢化といった都市を構成する基本要素の変化、そして経済のグローバル化による基幹産業の衰退、ライフスタイルのモータリゼーション化に促がされるコミュニティの溶解と、それに伴う「ファスト風土化」*1現象による地域のアイデンティティの喪失など、あまりの課題の大きさに頭を抱えている小都市は多いであろう。それは、アメリカの中小都市が新たな価値観を持つ人々の「オアシス」となっていることからは、かけ離れた状態である。
しかし、このような状況はアメリカの中小都市も、多少の違いはあるが多かれ少なかれ体験してきたことである。本書で紹介する5つの都市も、基幹産業の衰退や公害問題(チャタヌーガ)、郊外型ショッピングセンターの進出(バーリントン)、自然喪失の危機(ボルダー)、農地の喪失(デービス)、歴史資産の危機(チャールストン)などの課題に取り組み、それを克服してきた。もちろん、このような課題を克服できずに、現在でも「元気」のないアメリカの中小都市も少なくない。むしろ、本書の5つの事例のように元気な中小都市の方が例外であるかもしれない。しかし、多くの中小都市が直面している課題の多くは解決不能なものでは決してないことを、本書の5つの事例は示している。なぜなら、これらの都市が問題解決のプロセスにおいて獲得した最大の財産は、それまで分断されていたコミュニティが協働して、将来像を共有し、それに向かって取り組んできたという体験であるからだ。このようにコミュニティが一つの方向に向かって手を取ることができれば、多くの問題が解決できるという期待を持たせてくれる。
我が国の中小都市も、これら紹介した5つの都市のように、住民が主体的に課題に取り組み、自分達の将来像を共有化し、その実現のための組織をつくることによって、現状を覆う暗雲を追い払い、光を再びみることができるのではないか。そのような期待を抱きつつ、5つの都市の成功物語を整理した。そして、最終章では、不勉強とのそしりを受けることを覚悟したうえで、筆者なりに5つの事例から我が国の中小都市が得られる知見を整理した。
都市は多くの人間にとって、人生の舞台である。本書の5つの都市は、住民達が協働して、その素晴らしい舞台をつくりあげてきた。これらの事例が、我が国の中小都市が前向きな一歩を踏み出すことに少しでも資することができれば、筆者としては望外の喜びである。 |