構造設計を仕事にする
思考と技術・独立と働き方

あとがき

 「氷山の一角」という言葉は、通常あまり良い意味には用いられませんが、捉えようによっては、建築のあり方を良く表しています。できあがった建築物が海の上に現れている氷山の一角だとすれば、海面下にはそれを支えているずっと大きな部分が沈んでいます。そこには、設計過程で検討されながら採用に至らなかった試案の数々や、そこで積み重ねられた意匠・構造・設備設計者の思考や対話、さらには建設当時の時代背景や、連綿と続く建築・技術の歴史までが含まれています。

 本書は、16人の構造設計者の仕事という切り口から、建築という氷山の全体像に近づくことを試みたものです。海上に見える作品紹介にとどまらず、構造設計を志した経緯や、建築家との協働の苦労や面白さ、事務所内での働き方等の内情まで取り上げることで、普段、人目に触れることのない海面下の部分にまで光をあてることを目指しました。本書を通して、読者の皆様が構造設計という仕事に興味を持ち、理解する手助けとなれば嬉しく思います。

 この本の編集作業が進められていた最中の2019年5月29日、私たちの偉大な先達の一人であり、独創的なアイデアで空間構造の世界をリードされてきた川口衞先生が他界されました。川口先生は、構造設計という仕事の基本的なあり方について、「単なる知識や技術の機械的な適用ではなく、五体、五官を総動員して行う、全人格的な作業である」(『構造と感性─構造デザインの原理と手法』鹿島出版会、2015、まえがき)と述べています。私は、編集メンバーの一人として執筆者の原稿を読みながら、構造設計者の人格がどのように形づくられ、それぞれの作品に結実していったのか、その過程を目の当たりにする思いがしました。

 最後になりますが、ご多忙のなか貴重な時間を割いて記事・コラムの執筆にご協力頂いた皆様、ならびに、企画当初から一貫して構造設計者に対する共感と熱意をもって私たちを励まし続けて下さった編集者の井口夏実さんに、感謝の意を表したいと思います。

2019年盛夏
村田龍馬