椅子さがし建築めぐり


書 評
『サライ』2006.6.15
 建築家の村野藤吾が設計した京都高島屋の1階ロビーに、さり気なく置かれている椅子。じつはそれが20世紀デザインを牽引したミースによる「バルセロナ・スツール」だと知る人は少ない。身近にあるのに意外と知られておらず、実際に座れて建築空間と共に楽しめる名作椅子を紹介したのが本書。
 近代建築の巨匠ル・コルビュジエの椅子がある京都国立近代美術館や、北欧家具の第一人者ヤコブセンの椅子を置く金沢21世紀美術館。河井寛次郎記念館の素朴なスツールは木工職人が作り、関西国際空港は空港の設計者レンゾ・ピアノ自らが待合室のベンチも手がけている。デザイン史の知識も交え、全国26か所を解説する。
(住)

『新建築住宅特集』((株)新建築社)2006.6
 はじめての椅子に座ると、かなりの頻度で発見や、ある種の感動がある。座り心地とデザインの関係は、デザイナーの意図を越える。意外なほどの座り心地のよさやその逆、ハンドリングのよさや時には驚愕のプライスというサプライズがある。世の中には、そうした著名な椅子を紹介したり、デザイン的な分析をする書籍が数多く存在する。本書はこれまでのそうした書籍とはひと味違う。著者による写真と文章は、単に対象となった26脚の椅子の紹介にとどまらず、背景である建築物への眼差しによりその空間性を椅子を通して定着しようという試みとなっている。それは若手建築史家にして建築家という、著者独自の立場によるところが大きい。

『建築士』((社)日本建築士会連合会)2006.12
 実用性と芸術性を兼ね備えた椅子は、建築との共通点が多い。何気なく店舗や公共建築に置いてある椅子も意味と調和を持っていて、建物の印象を強調することができる。利用者が意識することはなくとも、建築が人々をどう迎えるかという思想を具現化する道具であるともいえる。
 本書では、多くの公共建築や商業施設に点在する著名な椅子、著者が印象に残る椅子を、様々な観点から紹介している。椅子は時代ごとにモダン、ミッドセンチュリー、ポストモダンという時代に分けられ、ル・コルビュジエを始め、バルセロナスツール、Yチェアから現代の建築家までの作品を、実際の建築とどのように調和、相互干渉しているかといった感想を、使い心地も含め30点近くレポートしている。たとえば、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)のエントランスロビーに置かれているマルセル・ブライヤー作のワシリーチェアは、谷口吉生の設計した建築物から感じられる計算された緊張感と、開放的な親しみやすさといった諸要素と見事に調和していて、椅子を眺める、座るという行為からも建築の雰囲気を再発見できるはずだ。
 同じように、人が集まる建築のインテリアとして、椅子は最初に決めるべきインテリアであるし、その印象から建物の活性度、親しみやすさ、もてなしの心を心理的に表現するシンボルにもなる。建築は人が利用する道具でもあり、等身大である椅子は、建築と人を結びつけ、一対一で対応する上で欠かせない手段なのではないだろうか。多くの著名な建築家が椅子を作り上げたように、椅子は建築の隠れた顔としての役割があることを意識してもいいだろう。
(千頭輝雄)