食と景観の地域づくり

井上典子・染井順一郎 著

内容紹介

郷土の味と風景を地域づくりの新たな展開のための戦略的な資源と捉え、その継承と活用に取り組む人々を日本各地に訪ね、熱い思い、連携の広がりを伝えたい。また、彼らをどう支えるのか。味の景勝地や味の博物館など、国や地方政府の後押しと、自治体と住民主体の取り組みで、低予算で大きな成果をあげる欧州の仕組みから考える。

体 裁 A5・248頁・定価 本体2800円+税
ISBN 978-4-7615-2547-7
発行日 2013/03/01
装 丁 上野 かおる

目次著者紹介はじめに新着情報

はじめに

第1章 食と景観にこだわる日本の地域活動

全国ブランドを目指して

1*1 上下流の利害対立を乗り越え農業と漁業が手を結ぶ
日本初のオーガニック牛乳とサーモンアクションプラン(北海道網走市・津別町)
1*2 四万十川の恵みとともに暮らす人々の連携
天空の村の茶畑と伝統の味タカキビモチ(高知県津野町を中心に)

地域にしっかり根づく

1*3 ヨシ原に浮かぶ島の農業を守る
清酒「権座」の酒米づくりと黒豆の生産(滋賀県近江八幡市)
1*4 暮らしを支える湧水がはぐくむ生物多様性
無農薬のコメづくり(滋賀県高島市針江、霜降)
1*5 アブラボテの生息する水田を宝に
棚田のコメと有機栽培茶(熊本県山都町)
1*6 信仰の山の裾野で豊かな食文化を育てる
食まつり、漁師食堂、塩づくりへのこだわり(長崎県平戸市)

元気な人が動き始める

1*7 金採掘の歴史を持つ風景と食を結びつける
砂金の村笹川集落のコメづくりと酒蔵の挑戦(新潟県佐渡市)
1*8 地域の歴史を語り継ぐ女性たちの食堂
南蛮柿(イチジク)伝来の地のスイーツ(熊本県天草市﨑津地区)
1*9 船から文化的な景観を眺め伝統の味を楽しむ
鮒寿司と川魚の佃煮・文化的景観航路(滋賀県高島市海津、西浜、知内)

第2章 味の景勝地というアイデアとその多様な展開

2*1 フランス
原産地統制呼称制度とテロワールに基づく味の景勝地
2*2 イタリア
文化的な景観の保全制度と生産過程を学ぶ味の博物館
2*3 フィンランド
ライフスタイルと共鳴する農村居住の推進と食デザイン

第3章 魅力ある食と景観の地域づくりに向けて

3*1 生産地を味の景勝地へと発展させるために
3*2 食と景観の深い関係を大切にする
3*3 小さいが多様なネットワークが重要

井上 典子(いのうえ のりこ)

1961年京都市生まれ。同志社大学文学部卒業、ローマ大学ラ・サピエンツア建築学部博士課程都市・地域計画専攻修了。Dottore di Ricerca(Ph.D.都市・地域計画)。民間企業を経て2004年より2010年まで文化庁文化財部記念物課文化財調査官。文化的景観保護制度における制度設計に関わるとともに、全国の文化的景観保存調査を担当。
著書に『風景の思想』(共著、学芸出版社)

染井順一郎(そめい じゅんいちろう)

1960年千葉県生まれ。千葉大学園芸学部卒業。北海道開発庁、農林水産省、外務省(在フィンランド日本大使館一等書記官)、国土交通省北海道開発局開発監理部開発企画官を経て農業と栄養士&技術士として活動中。

バルト海(フィンランドを含む)における海洋及び周辺陸域の環境保全と農業との関係について行った調査に基づき、網走川流域においてサーモンアクションプランを立ち上げ、サケを育む環境保全型農業による流域づくりを推進している。

技術士(総合技術監理部門・農業部門)及び栄養士

祖父の代に開拓民として秋田から網走に入植された佐藤さんは、87歳であるが、流氷の季節に、腰も曲げずに颯爽と、毎日の散歩を続ける姿がある。集落の開基100年の年に、昔のことをよく知る佐藤さんから、入植以降の集落の歴史についてお話を聞く機会を得た。厳しい開拓生活の合間の楽しみであった「美味しいおやつ」についてうかがったところ、「いも団子だね」という答えが返ってきた。

「おいしかった記憶のあるおやつは、いも団子だね。久しぶりに食べてみたくなって、去年、つくったが、デンプンが悪くておいしくなかった。昔のミフン(未粉)でつくったいも団子は歯ごたえがあったな。今のセイフン(製粉)は真っ白だが粘り気がなく、いも団子をつくるのにはむかないよ」。

いも団子のつくり方は、まず金時豆などで煮豆をつくる。その煮豆の煮汁も使ってでんぷんを湿らせたもので煮豆を包み、団子状にして熱湯を回しかけ、薪ストーブの上で焼く。今日のように輸送手段が発達していない時代の換金作物は、なるべく生産地で運びやすい形に加工する必要がある。このため、昔は、各地で水車などの動力を利用してじゃがいもからでんぷん摺りが行われ、沈殿した粉(だから「澱粉」という)は秋から冬にかけて戸外で天日乾燥されていた。今でいう6次産業は、一般的な農家の作業パターンであった。現在は合理化され、でんぷん工場という大規模な施設に収穫された馬鈴薯は集められ、機械で摺られ、火力を使って乾燥されている。昔のやり方でつくるでんぷんは「未粉」と呼ばれ、歯ごたえがあり、唐揚げもカラリと揚がると言われている。

「今、いも団子をつくるなら、紅丸という品種からデンプンをとってつくればうまくできるかも知れない。昔は釧路赤という品種があり、これは粘り気がありおいしかったね」。

すでに農業は引退したと言いながら、家庭菜園というには広大な畑で作物を育てる佐藤さんは、豆の栽培面積も半端ではないため、豆の脱穀には昔のプロの道具を使われる。佐藤さんの話から思うのは、今、これだけジャガイモの種類やその製粉状態を、食べ分けられる人がどのくらいいるのだろうかということである。日本各地においてこうした食の多様性が急速に衰退、消滅しつつあることを実感せざるをえない。かつては小規模な圃場で多様な作物が栽培されていた北海道の畑も、大規模化とともに単一品種作付けとなり、それにともなって、景観も特徴のない画一化されたものへと変わった。

本書では、日本各地で実施されている食と景観に係るさまざまな地域活動について、自治体担当者の協力を得て地元の方々からお話をうかがい、その内容について紹介した。高齢化、過疎化の進むなかで、地域活動を担う人たちの強い不安感が明らかとなっているが、そのパワーは、地域政策のなかで大きな意味を持つものと考えられ、したがってこれらの活動に対する支援は急務とされるべきである。しかし、6次産業化やグリーンツーリズムの施策が一部で実施されているものの、農山漁村の振興策は従来の枠組みを越えるものではなく、日本の各種制度は多様な地域活動をうまく支援しているとはいえない状況にある。

一方で、厳しい地域間競争にさらされるヨーロッパ諸国においては、個々の事業制度が日本と類似しているにもかかわらず、その運用手法には大きな差がある。特に注目されるのは、国や地方政府が示す明確な目的のもと、地方政府あるいは地域活動の主体が自ら支援スキームの詳細や予算分配を決定している点である。地域活動の主体が広域的に連携するプロジェクトにおいて、自然や文化を活かした新規ビジネスの創造が推進され、そこでは、行政による手厚い保護という従来型の手法は、さまざまな経済分野に対する十分な投資へと切り替えられている。やる気と実力のある地域活動主体が自らの力で事業を実施するこうした動きは、グローバルな競争のなかで、すでに国は、画一的な事業と予算配分による中央集権的なこれまでの手法では地域を支えることができなくなり、地域独自の主体的な選択を重視せざるをえなくなったことを示している。

日本の農山漁村は危機的状態にあり、その課題は単に経営の大規模化や観光化等によって乗り越えられる問題ではなくなっている。しかし、これらの地域が失われれば、日本各地の食にまつわる物語が失われ、文化的な景観も同時に消える。本書で紹介した地域においては、核となる人物の存在や自治体職員の努力によって懸命の努力が行われており、地方自治体と、極小の、しかし、パワーあふれる地元の小さな活動との間には少しずつ連携が生まれ、地域的なネットワークに発展しつつある。

本書は、いわゆる健康食や食旅の推奨を目的としたものではなく、また、何らかのデザインや建造に関連するものでもない。地域の小さな活動が生み出す、地域振興の可能性に関連するものである。

我々は役人として具体的なプロジェクトを実施するなかで、地方自治体や地元の方々と意見交換を重ね、そのなかで学ぶことも多かった。本書は、こうした農家や漁師、そして市町村担当者たちとの議論のなかで着想したものである。地方自治体は、自らの地域にある伝統産業や地域特有の食のなかに次の世代に伝えねばならない大切な物語があること、そしてそれがグローバル化のなかにあって、地域の生き残りをかけた戦略的な資源であることを認識し、これらを活用した地場産業の新たな展開や創出を図ることを明確な目標として掲げ、小さいが、しかし独自市場の創出を進める必要がある。

また、我々はこの本を、今は亡き小俣寛さんに捧げたい。常に何か新しいことにチャレンジしたがっていた彼を通じ、新しい制度として食と景観の問題に接する機会を得た。本書に紹介したフランスに係る記述の多くは、彼に教えられたものである。

2012年10月 オホーツク海をのぞむ網走にて

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