連載|図解 本のある小空間|vol.3みんなの図書館さんかく

根っからの実測好き建築家・政木哲也さんが、日本中の「本のある小空間」の魅力を解き明かすべく、測って・描いて・綴り歩きます。連載の第三回目は、静岡県焼津市で商店街に本のある地域拠点をつくっているみんなの図書館さんかくさんです。館長の土肥潤也さんにお話しを聞きながら、開かれすぎず閉じすぎない居心地を探りました。

vol.3みんなの図書館さんかく | ありそうでなかったまちの読書空間

― 商店街の空き店舗が「みんなの」図書館に ―

「みんなの図書館さんかく」は、いわゆる公共の図書館や私設の図書館ではない。本棚の分類に、図書館然としたジャンル別の探しやすさはまったくなく、むしろ多様な趣味嗜好を組み上げた古本屋の本箱のような品揃え。それもそのはず、ここはひと月2000円でだれでもオーナーになれる「一箱本棚オーナー制度」という運営方法でまちづくり関係者の間で大きな注目を集めた、ちょっと変わった図書館なのだ。

賑やかな本棚は、棚ごとに本の持ち主が異なり、どの棚も彼らの“推し本”が並んでいる。ジャンルレスな本の並びを象徴するように、本棚自体も縦長、横長の箱が組み合わさったパズルのようなつくりだ。

― 小さいのに狭くない奥行きのある空間 ―

空き店舗となる前は小さなおでん屋だったようで、通りに面した間口4.4m×奥行6.2mのシンプルな長方形平面に、トイレが付属しているだけ。一見すると壁に沿って大きな本棚が並んだ、なんの変哲もない間取りだ。ところが実測するうちに、その不思議な居心地が見えてきた。

まず天井いっぱいの高さの本棚。棚板・方立ともに厚さ24ミリの杉板で組み立てられ、ところどころ仕切りや棚板を自在に増設しているようだ。

床に目を落としてみる。静岡県産だという無垢材フローリングが張られたスペースは、入り口の土間で靴を脱いで上がる。中央にあるのは、これも静岡県産の木製の椅子と古い茶箱を利用したローテーブルのある閲覧スペース。椅子に腰を下ろすと、四周を囲む本の背表紙がぐるりと眺められる。

通り側のガラス扉を開けてすぐ左にあるのは、杉の角材を組んでつくられた小さな屋台。コーヒースタンドが入るチャレンジショップだ。利用者や通行人に飲み物を販売することで、通りからの入りやすさだけでなく行き交う人の視線を適度に遮り、滞在しやすさも両立させている。そして右奥にカウンター付きのバックヤードスペース。このスタンドとカウンターの斜め配置は、通りからの視線を遮ったり分散させたりするのに効果的だ。小さな店舗の区画ながら、程良い奥行きと様々な居心地を与えている。

― 人と地域と本のネットワーク ―

カフェのようにオープンなわけでも、家のようにクローズドなわけでもない。本屋のように賑やかなセレクトなのに、図書館のようにゆっくり頁をめくれる閲覧ブースもある。ありそうでなかった商店街の読書空間は2020年3月のオープン以来好評で、主役の「一箱本棚オーナー」もどんどん増え続けているという。当初は20箱でスタートした本箱も、せっせとDIYで追加していまや50箱に増えたそうだ(取材時)。

本棚も床も屋台も、すべて館長たちの手づくり。オーナーの個性際立つ本棚と、生きもののようにかたちを変え続ける空間に囲まれていると、このまちに住む一人ひとりの人生にも思いを馳せずにはいられない。

2021年7月には、商店街をさらに進んだ先に新しく「こども図書館」も開館したそうだ。地域と本の関係は、着実に育ちつつある。

店舗情報

みんなの図書館さんかく

住所:〒425-0027 静岡県焼津市栄町3丁目3−33
営業時間:👉営業カレンダー
定休日:無

URL:https://www.sancacu.com/

著者プロフィール


政木哲也
京都橘大学専任講師。1982年大阪府生まれ。2007年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。株式会社久米設計、株式会社メガにて設計業務に従事したのち、2016年より現職。京都の地蔵盆にまつわる都市生態をはじめ、建築設計・都市研究をなりわいとし、趣味で実測した国内外のホテルを小冊子にまとめてしまうほどの実測好き。

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