ロゴマーク

マスタープランと地区環境整備


あとがき



 本書は、筆者の大学院時代から約30年間の、都市計画マスタープラン(1992年法のそれに限定せず、広い意味での「マスタープラン的なもの」を含む)に対する係わりの履歴を、マスタープランを志向した制度の移ろいと絡めて綴ったものである。マスタープランを志向した制度の変遷は、そのひとつ一つを取り上げれば個別・断片的のように見える場合でも、全体的にみるとマスタープランという一定の方向性を持った持続的な流れとして捉えることが可能である。本書の執筆の目的は、約30年間のマスタープランへ向けた都市計画の系譜を、それを構成する個別の要素を単に詳述することではなく、個別のもののつながりに視座を定めて描くことで、'92年のマスタープランの制度化に結実した大筋を、骨太に明らかにすることである。
 筆者は、若い都市計画者と仕事で交き合うことがしばしばある。彼らは、コンサルタントであったり、研究者であったり、官庁プランナーであったりするが、立場はともかくとして、一様に都市計画の全体像を掴み切れずに苦労しているように見える。勿論、都市計画の全体像などそう簡単に掴めるものではないが、彼らが日々行っている個別・具体的業務と全体的都市計画との関係を朧げながらも掴むことさえできていないことも多いように見える。'60年代にわれわれの世代が都市計画を志向した時代と比較すれば、都市計画に係るの語彙は圧倒的に増加し、そのシステムは数段と複雑化し、都市計画が展開される対象地域の現在までの計画歴も重層化しているのが実情である。このような状況に置かれた若い都市計画者に、あるいは参加を要請されている住民の方々に、マスタープランというキー・ワードを軸に通史を展開することが、本書の狙いである。


 本書の執筆の目的は上記に尽きるが、敢えてもう少し細かく言えば3つの動機を挙げることができる。ひとつは、'92年の都市計画法の改正により、マスタープラン(市町村の都市計画に関する基本的な方針)が法的な位置づけをもったことである。このことによりマスタープランの策定は、多くの市町村の当面の検討課題となった。一方、翌年に出された通達には、極めて豊富な計画内容が記述されていて、「マスタープラン的なもの」の蓄積の少ない地方中小都市からすれば、通達に示された内容に十分に応えるプランづくりは決して容易なものではないものと思える。これらの都市が無駄の少ないかつ的確な、そして将来のプラン運用に向けて開いた対応を行うことを可能にするためにも、通達がそのベースとしてもっている、「マスタープラン的なもの」の履歴を確認しておくことが必要であると思われたことである。
 2つ目は、最終講義の後始末であり、これはひとつ目の動機とも関連している。筆者は'96年2月に、東京大学を退官するに際して、「都市計画マスタープラン―4半世紀の展開と今後の展望―」という無謀なテーマで最終講義を行った。都市工学科は前年に新設の14号館に移っていたが、8号館の82番教室('64年の第1回生進学時から移転までのほぼ30年の間、同学科が世話になった教室)での講義であった。内輪で行う積もりが予想以上に多くの人が集まって下さったのは感謝すべきことであったが、講義の方は予定の2時間では到底納まらず、「後は後日に何らかの方法で」と曖昧に胡魔化して終え、それで済んだつもりでいた。慣例になっている講義録の作成も中途半端なものをまとめても意味がないと止めることとした。しかし、やがて研究室出身者の一部の人たちから、「出来はともかくとして、まとめておかないと、都市計画のこの部分の今後の研究に大きな穴をあけることになる」という励ましとも脅しともつかない注文があり、これに応えて「ビハインド・レポート」を書くことが、動機の2つ目であった。
 3つ目の動機は'60年代の高山研究室で、川上秀光先生を中心に研讃をつんでいた同僚たちとその周辺の仲間たちの、それぞれのテーマでそれぞれの経験を、できればシリーズという形で本にまとめておこうという動きであった。本にしておくということは、実務畑にしろ研究畑にしろ現在程沢山のひとびとが都市計画に携っていなかった'60年代に計画を手掛け始めたわれわれの義務ではないか、という思い上がりもあった。第1弾として、昨年8月に水口俊典の『土地利用計画とまちづくり―規則・誘導から計画協議へ』が完成し、本書が第二弾、今後数冊が続いて刊行される予定である。
 本書は、書き下ろしの章・節が多いが、下敷きのある、あるいは古い論文を殆どそのまま挿入した部分もある。後者には筆者の学位申請論文『地区環境整備のための地区区分論』('87)(3章1節に援用―以下3・1とのみ書く)、同(4・1)、「都市計画の新しい体系−東京23区の都市整備方針・地区別計画と住宅マスタープラン」('93第28回都市計画学会学術論文集)(5・1)、「都市基本計画の‘型’の変遷と計画論的機能」(『都市計画』'89、No.156)(5・2)、「市町村の都市計画マスタープラン策定の捉え方」('96、『市町村の都市計画マスタープランの現状と課題』日本都市計画学会・市町村の都市計画マスタープラン研究小委員会)(6・2)がある。最後の、都市計画学会冊子の巻頭を飾った論文は、高見沢邦郎東京都立大学教授との合作である。筆者が長岡に転任した春に、朱を入れた原稿が何度も何度も東京〜長岡間を往復ファックスされたのを記憶している。ほぼそのままの転載を快諾戴いた厚意には感謝の言葉がない。
 本書は、その外の多くの人達の助言により成り立っている。全体にわたってゲラを輪読して下さった、大方潤一郎東京大学助教授、中出文平長岡技術科学大学助教授、小泉秀樹東京大学助教授(この3方には、手分けをして関連文献のリストも作成して戴いた)、特に、それぞれ関連する部分のチェックを戴いた、横山浩長岡造形大学教授、井上赫郎首都圏総合研究所所長、小田靖之都市環境研究所広島事務所、水口功富山県土木部等、これらの方々の暖かいご支援がなかったら本書が形になることはなかったと思われる。
 又、直接的支援という訳ではないが、本書の前半に登場する、やりがいのある数々のプロジェクトに参加する機会を与え、余程のことがない限り「永い目」で見守って下さった、高山英華・川上秀光両東京大学名誉教授に、また、いちいちお名前は記さないが'60年代に建築学科から新設の都市工学科に居を移した旧高山研・丹下研の仲間たちに、仕事でご一緒した多くの自治体やコンサルタントの方々に、心からの謝意を表したいと思う。これらの方々のお名前を本文中にこと細かく記すことは容易なことである。また私にとっては懐かしく楽しいことでもある、記せば切りがなく、関連した話題が次々と飛び出しそうだ。そして、それはそれで興味の対象となるかも知れない。しかし筆者は、「計画は時代がつくる」という立場に立った。この立場からプロジェクトに参加された方々の固有名詞は、それがそのプロジェクトを語る上で固有名詞を越えた大きな意味を持たない限り省略させて頂いた。ご容赦願いたい。そして本当にありがとうございました。
 最後に、企画・編集という大変な作業をこなしながら、怠けようとする筆者を常に激励して下さった、学芸出版社の前田裕資さん、三原紀代美さん、手書きの原稿の最初のワープロ起しをして下さった菊池悟美さんに謝意を表します。

1998年2月 長岡での二度目の冬に

森村道美

学芸出版社/gakugei

マスタープランと地区環境整備・詳細情報インデックスへ
学芸出版社ホームページへ