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ま え が き

大野輝之

 1992年に日本で公開された映画に、トム・クルーズ主演の『遥かなる大地へ』という作品がある。19世紀末、アイルランドの貧しい小作人の家に生まれた主人公が、アメリカでは誰でも土地を手に入れることができるという話を聞いて渡米する。様々な苦労を経て最後には、オクラホマ州で行われた「グレートラン」と呼ばれる土地獲得レースに参加し、ついに自分の土地を手に入れる、という物語である。

 この「グレートラン」は、1889年から数年間、オクラホマの開発を促進するために、実際に行われたもので、区画された土地をめざして、一斉に馬や馬車に乗った参加者が飛び出し、一番乗りした者がその土地を獲得する、というものだった。

 この映画の主人公のようにアメリカに渡って来た人の多くが、自分の土地を所有することを夢に描いてきたことは間違いない。こうした土地所有への熱望は、「自由の国アメリカ」というイメージに確かにふさわしい。土地の自由な所有と利用は、まさしく誕生したばかりの新世界アメリカの基本的な理念であった。

 「近代工業国家の中で、アメリカだけが土地を無限に供給することができるように見える状況で出発した。……この国のもっとも重要な基礎の一つは、誰もが自分の欲することをできるという自由にあるが、その自由は、ある部分は土地の豊富さに依拠している。その自由には、当然、自分の所有する土地を自由に利用するということも含まれている」(Abeles 1989, p.122)。

 最初のヨーロッッパからの入植以来、300年の間、アメリカにおける土地利用規制は、近隣所有者の支障にならないかぎり、自由に自分の土地を利用できるというニューサンス法だけであった。

 こうした自由な土地利用というイメージを、現代のアメリカにも、そのまま通用するものと考えたら、それは大きな誤りをおかすことになる。本書が明らかにするように、現代のアメリカでは、土地の利用に様々な制約が課せられている。こうした側面は日本では十分に知られていないが、同様の無理解は英国にもあるようだ。1987年にアメリカ都市計画の調査を行った英国環境省のプランナーはその著書の中で次のような指摘をしている。  「英国では、アメリカというのは『イケイケ』スタイルの経営によって特徴づけられる国だ、という先入観がある。積極的で的確なアプローチをすれば、当初の開発構想を儲けのあがる成功したプロジェクトにしていくことには、何の障害もないように見える。……現実には、こうした先入観は誤ったものである。アメリカの殆どの地域には、開発プロセスに影響を与えるあらゆる種類の詳細な規制がある。デベロッパーは彼らの計画を実行に移すために、障害物競争のように多くのハードルに直面することになる」(Wakeford 1990, p. 45)。

 「自由の国」で何故、このような厳しい土地利用への規制が行われるようになっているのだろうか。その答えを求めることは、アメリカにおける都市計画の発展過程を探究することに他ならない。アメリカ都市計画には、大きくいって発展の画期をなす二つの時期があった。

 第1は19世紀末から20世紀初頭にかけての時期であり、近代都市計画が誕生し確立していった時期である。第2は、60年代末から80年代にかけての十数年間であり、近代都市計画の枠組みではとらえられない、いわば「現代都市計画」ともいうべきものの新たな展開が行われた時期である。第1の時期は、市政府や州政府の腐敗に対する市民の改革運動が展開された、いわゆる「革新主義」の時代であり、第2の時期は、公民権運動が燃え上がった60年代の「都市の危機」の時代と環境運動が登場し発展した70年代の「グリーニング・オブ・アメリカ」の時代を中心としている。

 第1の近代都市計画の成立と展開については、我が国でも、これまでいくつかの研究が行われているのに対し、60年代末以降現在までのアメリカ都市計画の変化については、体系的な研究が行われてない。本書の課題は、今まで検討されてこなかった、こうした60年代末以降のアメリカ都市計画の展開過程を明らかにすることである。

 もっとも、筆者の知るかぎり、この時期の都市計画については、アメリカでもその全体像を扱った著作は殆どない。現代都市計画の中核をなす州政府や大都市での都市計画の新たな展開が、本格的には80年代に行われたものであり、研究対象としては、熟していないというような事情があるのかもしれない。

 アメリカ都市計画の60年代以降の展開は、日本における都市計画の今後を考える上で、多くの教訓を含んでいる。我が国では、現在、地方分権の実現など新たな行政の枠組みが構築されようとしており、その中で、都市計画制度のあり方についても検討が行われることになるものと思われる。こうした状況を踏まえれば、この時期に、アメリカ都市計画の改革の歴史を明らかにすることには、若干の実践的意義も認められよう。

 

 本書は6章からなっている。第1章は、今世紀初頭に成立した近代都市計画の特徴を簡単に素描する。次に、第2章から第4章において、本書が「現代都市計画」と仮に名付ける新しい都市計画の展開過程をフォローする。第2章では、公民権運動が近代都市計画に与えた衝撃を扱い、第3章では、環境保護運動の高まりの中で行われた「土地利用規制の静かな革命」と呼ばれる改革を紹介する。第4章では、80年代における成長管理の第2の波を取り扱う。第5章では、60年代以降の都市計画改革の結果、アメリカ都市計画が現在、どのような特徴を持ち、どのような課題を抱えているのかを検討していく。最後に、終章では、改革の試みからどのような教訓が得られるのかについて、考えてみたいと思う。

 なお、本書の性格上、当然のことであるが、本書の中で意見に及ぶ部分は、全く個人的なものであることをお断りしておく。

 

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大野輝之著『現代アメリカ都市計画』

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