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パートナーシップによるまちづくり

行政・企業・市民/アメリカの経験
【書  評】  

東京都立大学教授  高見沢 邦郎

 

 著者の秋本さんは都市計画の専門教育を受けた後、神奈川県庁で実務経験を積まれた。現在は東海大学において研究と教育に従事されている。都市計画の研究者の多くは短期間の実務経験を経ている場合もあるにせよ、概ね大学の土木・建築・造園といった分野で育ち、そのまま研究を続けている者が多い(私もその1人であるが)。しかし最近は都市工学・社会工学の分野からの出身者も増え、法律や経済の分野でも都市計画を論ずる研究者が増えてきているし、他方、秋本さんのようにかなりの実務経験者(役所だけでなく民間の都市計画事務所出身者も含め)が研究教育の場に活動を移す傾向もある。都市計画研究に新しい風を入れることになり、それら実務経験者の研究活動が注目されるところである。

 さて秋本さんは大学に移る頃からアメリカ都市計画に焦点をあてた論文を精力的に発表してきたが、個々の論文だけでは氏の研究の全体像がいまいち読み切れなかった。今回、個別論文に手を入れ、順序だてて1冊にまとめられた本書を読むことによって、秋本さんの考え方、目指すところが多少は分かったような気がした。私が感じたことの1つは、アメリカのここ2、30年の都市計画、なかんずく行政・企業・市民のパートナーシップによる都市づくりは、現在から近未来の社会経済状況にあって重要な目的・手段の体系であるという氏の認識だ。そして第2には、海外都市計画研究は詳細な文献調査やヒアリング調査に語らせるべきで、思いこみによる価値判断に基づいたり、断片的な調査や資料の収集による見聞報告であったりしてはならないという「研究作法」を身をもって示している点だ。膨大な既往研究が参照されている。もちろん第3には海外研究の成果を我が国の計画理論化や実践に役立たせようという意図も示されている(これについて本書は性急な結論をむしろ避けている印象だが)。


 本書の内容に移ろう。我が国でも第3セクターに代表される「官民」共同開発は以前から行われてきたが、本書で展開されるアメリカのパートナーシップはそれとはまったく違う。このあたりから第1章が書き起こされ、第2章の記述も含んで、パートナーシップ開発の概要がまず示される。

 著者が官ではなく「公共」という言葉を用いたのは、通例的な「官庁」とか「地方公共団体」がイメージさせる概念ではなく、公共には「公衆に奉仕する役割」を込めているからである。また民といっても民間企業だけでなく、非政府部門全般であって、最近話題のNPOやボランティア活動をする市民も含まれる。パートナーシップとは、これら公共と民間が、共有の目標と合意を形成し、双方が資金、労務、技術等の資源を提供する一連のシステムであるとされる。

 パートナーシップによる都市開発は1940年代からピッツバーグやボストンで行われ始め、成果が挙げられてきている。やがて都市再開発等への連邦補助金が拡充するにつれて官が主導し、民を巻き込む都市開発が活発になった。しかし、それら事業は都市の活性化には必ずしも役立たず、特にマイノリティの市民を追い出す結果となる傾向にある。これらの反省も含め今日的な意味でのパートナーシップの概念が顕在化するのは1970年代の「大きな政府」批判の時期になってである。連邦補助金の整理統合等が進み、1980年代には都市開発とパートナーシップは切り離せない関係になり、現在に至っているという。

 著者はダイアン・サッチメンの分類にしたがい、パートナーシップによる都市開発を、市域全体などを対象として長期の計画を立てるプログラム・ベースのものと、それに位置づけられて個別に展開されるプロジェクト・ベースのものとに分けて示しているが、これらには都心衰退地区の再開発から、福祉施設整備や雇用創出を含む再開発、郊外の住宅コンプレックスの開発まで実に多種多様なものが含まれることが鳥瞰されている。


 さて第2章でもいくつかの事例が示され、主題の理解が進むが、続く第3章はそのすべてが1980年代以来の、ニューヨーク市のコロンバス・センター・プロジェクトの計画経緯にあてられている。セントラル・パークの南西端に面し、8番街と59丁目の交差点、ブロードウェイの交わるところのコロンバス・サークル周辺(具体的には、廃止された1.4haのニューヨーク・コロシアムの跡地)の再開発問題である。もともとこの土地は公有地だったので、市と州を巻き込んだ大政治問題に発展し、パートナーシップ開発の複雑な実態を観察するのにふさわしいケースとなった(因みにこの開発は現在も紛糾と見直しの過程にある)。評者も断片的にはコロンバス・センターの推移を聞いていたが、本章によって、なるほど、パートナーシップのありようを理解するにはまたとない事例だなと感じいった次第である。ニューヨーク市の都市計画に市民参加を位置づけた「統一土地利用審査手続き(ULURP)」、かの有名なミッドタウン・ゾーニングのシステム、市憲章の改定による理事会の廃止、さらにはコッチ市長とその後を襲った黒人初のジェンキンス市長、、ジャクリーン・ケネディ・オナシスの活躍等、登場人物にも事欠かない。特にNPOであるMAS(ミュニシパル・アート・ソサエティ)が市民側での反対運動を起こし、また市・企業とのネゴシエイション活動を行った経緯は、パートナーシップが単に自治体と民間企業間の交渉だけでなく、市民セクターも関与するプロセスであることを印象づけ、納得させる。


 これを受けて第4章では自治体と民間デベロッパー間の2者協議と、さらに市民の参加する「多者協議」の実情が事例の紹介を踏まえて説明される。読者はパートナーシップ開発の多様さに目を見張らされることになる。

 第5章は都市計画の体系とその運用に先進性をもつカリフォルニア州を対象とした考察で、マスタープランレベルのジェネラルプランの作成からその実現手法としてのゾーニングや再開発事業の構成が示される。そこから導き出される市民・専門家の役割論や、「新伝統主義」と称すべき多者協議の成果に見られる計画哲学等はとても興味深い。

 第6章は特にコミュニティ住民が組織する非営利デベロッパーとしてのCDCsの考察にあてられている。著者は、わが国でも近年注目されているCDCsが1980年代以降に顕著な自助組織であるという見方に疑問をもち、60年代からの積み重ねや変転を分析して、歴史的経緯の上に今日と今後のCDCsが語られるべきことを主張する。

 終章はアメリカ都市計画の特徴を日本と対比させつつ論じ、日本の都市計画の課題を7点にわたって指摘し、まとめとしている。日本的都市計画は、その発祥(大正期の都市計画法制定や都市研究会の活動)と戦前戦後の展開において「中央の開明的な官僚」によってリードされたことが市民や民間レベルから都市計画を育ててきたアメリカとの大きな違いであることは著者の言うとおりであろう。そして明示されてはいないが、その中央集権的官僚システムが都市計画の領域でも限界に来ていることも我々は認識しなければなるまい。また、課題の6番目と7番目に示されている実務家の経験の理論化や、研究者による「プランナーの計画行為」の理論化、そしてそれらの情報流通への努力は我々自身に課せられた課題と言えよう。


 一読して大変に勉強になったが、率直に言って簡単に読み飛ばしてしまえる本ではない。それは冒頭にも書いたようにパートナーシップは善であるといった単純な価値観で切り取った早分かり的な論述ではなく、膨大な文献を援用して読者にも考えさせながら論を進めているためである。読む側にもそれなりの努力が求められる。また、最後の7点の課題の指摘は説得力はあるがまだ具体的アクションを示すものではない。著者は多分、読者にも今後のわが国のあるべき方向を考えさせようとしているのだろう。

 もちろん私たちも考えねばなるまい。しかしまたいずれかの時期に、著者のより具体的な提案も聞きたいと思った。それにしても再び政府が規制緩和の方向を打ち出し、自治体にそれを強いていくわが国の都市計画の旧態依然たるスタイルが示された日本と、アメリカの、自治体と企業・住民に決定権と決定方法を委ね、国(連邦)は側面から支援していくやり方との根本的な都市計画へのアプローチの違いは改めて直視されなければなるまい。しかし日本でも、いわゆる分権による地方への権限委譲は大きな流れだし、高度成長期が終わるころからは地方自治体や住民の都市や環境への関与と力量は高まってきているのだから、アメリカの経験は、我々にとって大変貴重なテキストになる。

 今後のわが国の都市計画のあり方に関心をもつものに対して本書は多くの知見を与えよう。この分野のいまや古典と言ってもよい「権力と参加」(西尾勝 1975)、「アメリカ都市計画とコミュニティ理念」「比較都市計画序説」(渡辺俊一 1977、1985)以来、久々の本格的な著作である。多くの方々に是非本書を読んでいただきたい。なお、同時期に同じ出版社から、福川裕一著「ゾーニングとマスタープラン―アメリカの土地利用計画・規制システム」、大野輝之著「現代アメリカ都市計画―土地利用規制の静かな革命」が刊行された。いずれを読んでも、わが国の都市計画にはアメリカの影響が強いとするのは思いこみであって、いかに体系的な把握から遠いところで断片的な制度の「導入」がはかられてきたかがよくわかる。

 本書の刊行が契機となって、アメリカの現代都市計画システムの本質的な理解が進むことを期待したい。

(『地域開発』1997年7号より)

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