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I 人間居住と都市計画の発達
現代の人間居住と都市計画

1・1 都市化する世界

 人間の居住拠点としての都市は、 採集および栽培生産の発達によって可能になった余剰生産物の蓄積のうえに、 広域的な交易と支配を行う根城として、 およそ5000年前に現れたとされる。

 

 気候が変動したり土地の生産力の低下があったり大災害や戦争による破壊や交通立地の変化があって、 都市はいくどとなく衰退し破滅してきた。

砂漠にうずもれた廃墟になったり、 さびしい一集落にもどってしまった歴史上の都市も数知れない。

一方、 不死鳥のように蘇ったり、 一寒村から1世紀もたたない間に世界的なメトロポリスへと爆発的に成長してきた都市も、 わたしたちは経験している。

このような歴史を通じての都市の栄枯盛衰をおもってみると、 一種の無常感におそわれるかも知れない。

しかし現実に、 世界人口の半分以上は、 すでに都市地域に住んでおり、 都市化は年々進行して、 人類社会はさまざまな都市問題に悩まされている。

さしあたって現代の都市をどのように改善したり新開発して生活空間としての質を向上していくか、 そして誇りをもって次の世代に引き継げるようにできるかが課題である。

 

 さて、 都市とはいったい何か、 定義することはたやすくないが、 首都などの主要な都市をみると、 それは政治権力の拠点であり、 経済流通の中心であり、 商工民集団の活動の場でもある。

いうなれば、 政治・社会・経済・文化活動の総合的かつ集約的な場である。

社会集団の意味と働き(機能)は、 建築物や町並み・通りや公共施設といった形ある生活空間の形として表現される。

都市は、 社会の成行きとして半ば自然に生成されたようにも見えるが、 その実は社会の強い意思の計画的実現であり、 その様態は時代精神のシンボルである。

 

 都市の存在は、 これまで農村との対比によって特徴づけられてきた。

ライフスタイルでいうと「都会」と「田園」という対比があった。

しかし現代社会では、 交通・物流・通信システムの発達によって半都市半農村のような地域が広がっているので、 時代に即した理解が必要である。

 

 さて、 工業化社会の先進国として20世紀前半にすでに大都市化がすすんでいたヨーロッパや日本は、 第2次大戦で被災したあと都市復興に取組んだ。

前者の多くでは歴史的な記念物や都市の空間構成を注意深く保存しながら復興し、 かつ周辺の郊外団地やニュータウンなどの開発によって人口の都市化と経済成長の受皿を用意してきた。

日本では戦災復興区画整理によって旧都市の姿はまったく変容した。

また新しい郊外の多くは質の低いスプロール状開発であった。

これが近郊農村や衛星都市をのみこんで果てしなく拡散している。

 

 一方、 第2次大戦で被災しなかった米国では、 モータリゼーションと大規模な郊外開発によって旧都市部の衰退と荒廃が深刻になった。

都市財政を回復するために大規模な都市再開発事業が多くの都市で実行され、 公共が旧い街区を根こそぎ除却して、 広い道路と充分な駐車場を造成し、 民間デベロッパーが高層の商業業務ビルやマンションを建設するのが事業方式であった。

このようなスクラップアンドビルド型の再開発は、 米国だけでなく他の先進国でも実行されたが、 中心部からさらに居住人口を郊外へと追出し、 かつ伝統的な都市が有していた人間味を断絶させている。

 

 都市中心部=インナーシティの衰退と荒廃が1970年代から問題となった。

居住人口をもういちど回復すること、 夜間や休日は無人化するオフィス街ではなく、 さまざまな職場と住居とが複合した地区が再評価されるようになりつつあるが、 その回復は容易ではない。

むしろ、 商業や業務機能も分散して郊外を新しい職住複合センターへと再編成する傾向にある。

 

 現代社会にあって、 わたしたちは、 いったいどのような都市像を描くべきなのか。

1990年代に入ってから、 都市間の生存競争がはげしくなった。

企業も大学も公的機関も、 より魅力があり経済条件のより良い地域を選んで移動する。

かつての重化学工業時代のような用地・用水・輸送といったハードな産業立地条件とはちがった都市の情報発信力、 文化的イメージ、 産業の多様さなどが新しい都市の魅力源となりつつある。

 

 市民と都市が主体性をもって、 まちづくりをすすめることが、 みずからの生活空間の質を向上させるとともに、 外部にむかってその存在の特色をアピールする。

このことが広域的な都市間の生存競争にも成功する条件になっている。

その結果、 都市の盛衰はこれからも予想されるところである。

戦争にたいして平和政策があるように、 都市破壊と廃墟化にたいして、 歴史的遺産を大切にしながら居住と職場・産業および環境のあいだに新しいバランスを実現する都市政策が求められるのである。

 

 都市計画やまちづくりは、 そのような都市政策を空間構造と形態イメージとして表現し具体化する役割をになっている。

 

 たとえ都市のすがたや立地は変動しても、 わたくしたちが英知を集めて運営する都市計画・まちづくりの仕組みとそこでの市民の社会生活秩序の形成は、 まさに人類の文化的ヘリテージであって、 将来の都市づくりに生かされるであろう。

1・2 都市化と新たな貧困への対処

 近代における都市計画という概念や社会的営みは、 主として先進国や植民地都市ですすめられてきたが、 第2次大戦後の植民地支配から自らを解放した第三世界の各国の都市計画が新たな課題として登場した。

先進国に比べて人口増加率が高く、 都市での人口増加率はさらに高い(表1・1図1・1)。

 

 国内の産業構造が発展途上段階にあり、 道路や港湾、 電力供給などの社会資本ストック=インフラストラクチャーが乏しいために、 増加する人口を受入れる地方都市の発達が遅れている。

表1・1 人口の都市化
国  名
大都市人口
(百万人 A)
総人口
(百万人 B)
比 率
(A/B)×100%
インド
タイ
韓国
フィリピン
メキシコ
ブラジル
エジプト
中国
30,380
5,450
15,200
3,340
11,910
13,400
9,120
77,280
797,000
54,500
41,980
58,720
82,730
144,430
51,900
1,103,980
3.8
10.0
36.2
5.7
13.2
9.3
17.6
7.0
(出典:世界人口年鑑による、1988年)

画像z11 画像z11t そのため各国の首都や限られた大都市への集中がいちじるしい。

大都市での雇用機会という人口を吸引する力よりも、 生産力の発展が遅れている農村から余剰人口を押出す力が上回る状態が生じている。

その結果、 大都市では、 水道、 道路、 鉄道、 生活施設、 住宅などの都市生活基盤がいちじるしく不足し、 スラムやスクォッター地区の居住者が都市人口の数十パーセントにも及んでいる。

こうした都市問題を解決していくためには、 住民・市民の自力の取組みと都市政策や都市計画制度との協力体制を築き上げねばならないが、 それは、 まだまだ時間のかかる仕事である。

 1972年に国際連合が主催したスウェーデン環境会議では、 先進国と発展途上国とのいわゆる南北問題といわれる経済格差が問題となり、 環境問題を考えるにあたって、 それぞれの国・地域の都市・農村のバランスのとれた政策として取組むことが確認された。

そして1976年のカナダでの人間居住会議=ハビタットでは、 先進国と開発途上国を問わないで、 健康で文化的な居住を追求することこそが、 すべての人々にとっての基本的人権であることを認め、 その権利を具現化するため土地、 住宅、 資財と技術、 共同施設など人間居住=ヒューマンセツルメントについて政策を立案して実践することになった。

この流れは、 さらに1987年の国際居住年で、 各国が人間居住計画を立てて協力し合うという共同行動に受け継がれている。

住宅と居住環境を社会資本として整備するための公共財源が少い途上国では、 住民コミュニティが、 まちづくりに積極的に参加し自力改善を進められるよう、 政府や公共機関やそのための資金や技術や制度を整えて支援する戦略が採択されている。

 

 アジア、 アフリカなど発展途上国の都市計画や建築・住宅政策は、 先進国の事例にとらわれない独自の社会文化的背景をもっており、 今後どのように展開するかが注目されるところである。

1・3 環境共生型の都市づくり

 人口増加に伴う土地の過度利用やエネルギー使用量の増加、 その結果としての森林地域の後退と砂漠化のひろがりなどは現象として知られていたが、 近年になって地球規模での環境の状態をマクロに測定し将来変動を予測しシミュレーションする地球環境科学が進んだことから、 地球規模での温暖化と海水面の上昇、 オゾン層の破壊と紫外線被曝量の増加、 エネルギー資源の枯渇、 食糧不足などの将来問題が明らかになってきた。

しかし、 そのために地球環境と地域環境にたいして負荷のすくないライフスタイルと都市開発とを、 どのようにして実践するかに関しては、 地域による気候や生活慣習のちがい、 南北諸国間の利害の差などがあって、 対処の仕方は一様ではない。

 

 環境維持と人間活動のバランスを子孫の世代まで維持できるような持続的開発(sustainable development)のためには、 環境共生型の都市づくりが追求されるようになった。

用地・用水や交通エネルギーを浪費しないで都市・農村の空間構成を考えること、 破壊と建設の新陳代謝がはげしいスクラップアンドビルド型に代わって、 ストックを大切にし廃棄物質をリサイクルする都市建設システム、 あるいは土、 水、 気候、 生命・生態系の健康な循環を持続させる都市空間の環境管理とデザインなど、 地域ごとそれぞれの気候風土と社会経済条件のもとで、 日常的な生活ニーズとの統合をはかりつつ実現する都市計画システムが求められるようになった。

地球環境問題へ取組む世界的スローガンになっている“Think Globally, Act Locally”とは、 マクロな視点からは人類の居住と環境と経済の統合を目標にしつつ、 具体的には各国・各エリアの地域条件をふまえて行う着実な取組みを示唆している。

地球レベルで思考しつつ各地域レベルで実践することが行動の基調である(図1・2)。

画像z12

1・4 現代における都市計画の課題

 都市政策の目的は、 第一に、 市民社会を構成員である個人および集団が健康にして文化的な生活を平等に営み、 かつ、 より高度な要求を追求するという生活の基本的権利を実現できるように、 その基礎となる社会的および空間・環境的な諸条件を整えることである。

たとえば健康な環境は、 市民自らが求めるものであるが、 住宅地、 交通サービス、 緑地の整備や大気・水質の保全などは都市社会が責任をもって取組まねばならない事項に属する。

 

 第二に、 その都市が、 地域の核として全国や世界のネットワークの中にあって、 独自の社会・経済および文化的役割を果たすことである。

現代における都市の価値は、 規模の大小ではなく、 小さくても均衡がとれており市民活動が個性的な発信をしているかどうかで評価される。

そのための指針となる都市政策は、 産業経済の開発、 福祉と教育、 健康と安全、 環境の管理、 文化と交流などいくつかの側面について検討され、 都市の基本構想と基本計画として描かれる。

 

 このような都市政策が意図する活動ができるように、 地域の空間を整えることが、 都市計画という仕事に期待される役割である。

都市の形態と空間構成を決めること、 交通通信施設や物資循環施設によって都市機能を効率化すること、 自然環境と歴史的環境を保存しながら新しいアメニティを造出することなど、 これらの相互に矛盾することも少なくない政策ニーズを、 かけがえのない各都市地域の空間において総合的に実現するところに、 都市計画の本質がある。

その実現のために、 本書では、 現代日本における都市計画の基本課題を次の5つの側面で論述することにする(図1・3)。

画像z13

産業活動・市民活動を活性化する機能

 都市の産業経済を発展させ雇用所得の安定を得ることは、 地域・都市政策のもっとも中心的な課題である。

近年の経済と産業構造の変動は、 地域に大きな打撃を与えており、 衰退する都市も少なくない。

地域にある既存の生産力を活かし、 効果的に新しい開発投資を導入するような産業振興こそが都市政策行政にとっても重要テーマになっている。

都市計画は、 このような産業政策が求める産業のための基盤施設(道路、 港湾、 用水、 用地などのインフラストラクチャー)を造成してきた。

しかし、 近年の都市産業は、 サービス産業化や文化産業化しているので、 多種類の中小企業集団が相互依存しつつ集積する機能複合地区の存在が見なおされている。

また従来は産業施設とは意識されなかった大学や研究開発機関、 マスコミ機関、 業務センター、 訪問者を受入れる会議場や観光システムといった新しい魅力を整えることが求められている。

これらが市民に新しい就業の機会をつくりだす。

 

 一方、 市民活動においては、 生涯教育、 地域福祉、 健康管理、 レジャー・スポーツ、 ショッピング、 まちづくり、 交通通信などへの志向=ニーズが高まっている。

こうしたニーズは当然ながら社会的サービス消費需要を増大させる。

したがって、 産業活動と市民生活の連環関係=リンケージをより強めるように、 多様な職場と市民生活施設および住居とをバランスよく配置し整備することがもとめられる。

現代では、 魅力ある都市整備が、 知名度を上げ、 市場を拡大し、 外からの来住人口と開発投資の導入を有利にするというように、 都市計画の在り方が産業振興にも大きな影響をおよぼしている。

住居とコミュニティ福祉を実現する居住

 都市空間量の大略二分の一は居住地である。

伝統的な商工業と住居との混合居住地もあれば、 ベッドタウンと称される郊外の住居専用居住地もある。

居住地とは、 幼児から高齢者まで多世代が日常的に触合いながらコミュニティを営み、 生涯教育、 近隣の安心と安全、 行事や付合いの生活文化、 地域福祉、 住宅改善などを実現する場である。

居住地のコミュニティには、 つねに動的な安定を保つための取組みがもとめられる。

人口の定住と転出入、 住宅や生活施設の老朽化と更新、 環境の荒廃と改善、 商店街や地場産業の振興と新しい都市機能の導入などによって、 居住地の個性的な魅力が継承されることになる。

 

 いま問題とされている旧市街地=インナーシティの空洞化とは、 人口や地場産業の流出にともない、 近隣生活を支えてきたコミュニティが衰退した結果である。

居住地の変動に対しては、 多世代が交流して居住ができるようなきめの細かい住宅対策を行うこと、 高齢者や障害者もノーマライゼーションの方向で在宅福祉を享受でき、 また若い家族が保育機能やあそび環境、 職住近接の入居ができるコミュニティ環境を整えることが大切である。

子どもを安心して育てられる福祉サービスと近隣生活環境を計画的に整えることがもとめられる。

 

 都市計画においても、 地域福祉計画や住宅マスタープランなどの他の行政計画と連携しつつ、 また、 「まちづくり協議会」などのコミュニティ組織と協力して、 居住地の保全、 改善およびときに必要となる再開発をすすめてゆくプログラムが求められる。

均衡ある都市構造を体現する基盤施設

 さまざまな機能地域と居住地とを都市全体として有機的に組織するのが、 人と物資と情報の流れ、 水やエネルギーなど供給と廃棄の流れを機能させる循環系のネットワークの働きである。

街路・軌道、 上下水道、 通信、 エネルギー供給などのネットワークは、 都市空間を骨格づけながら神経系や動脈・静脈の循環系を機能させる。

さまざまな交通ターミナルや供給処理施設などは機能的な器官の働きをする。

これらは、 都市活動をささえる基盤施設=インフラストラクチャーと称される。

都市の基幹施設を計画的に整備することは、 昔から都市計画のもっとも重要な働きであった。

こうした都市の循環ネットワークは都市域を越えたシステムの一部でもある。

たとえば、 交通・情報システムも広域的なネットワークの一部である。

また、 上下水道も地域の水文循環系環境の中にあって、 水の利用や処理を集約しているのである。

 

 わが国の都市は一見すると無定形な市街地の混沌のように見えるが、 交通通信系や供給廃棄系のネットワークはかなり効率よく作用している。

これらは災害時には、 生存系施設=ライフラインとなる。

1995年1月に発生した阪神・淡路大震災でもライフラインの復旧が避難生活の立上がり・復旧のための条件となったことは記憶に新しいところである。

 

 都市基盤施設のうち、 街路・軌道網や水路網はとくに都市空間に構造的な秩序を与えるものである。

幹線街路や軌道や水路などの基幹都市施設などは、 いったん建設されるとハードなストックとなり、 長期にわたって都市空間の歴史的な骨格を形成する。

しかし、 その機能はけっして固定的なものではない。

各時代のニーズに対応してそれらの使い方を柔軟に変更してゆく必要がある。

たとえば街路空間では、 車両の通過交通と歩行者の広場の利用を空間と時間ごとに配分して多重の機能を含めることができる。

また、 河川や運河は近代化過程においては単なる水路・暗渠とされてきたが、 それがもつ環境機能、 視覚機能、 防災機能などの再評価により、 水辺空間としての多重の価値実現をはかることができる。

 

 このように社会資本を公共的に計画する場合に、 地域の環境・景観との調和が求められる。

また、 モータリゼーション時代になって、 環境、 公共交通サービス、 都市構造の在り方が、 低密度都市地域の北アメリカの反省として提起され、 よりコンパクトな都市構造が追求されていることが注目される。

健康と安全およびアメニティを持続向上する地域環境

 都市は人工的であり、 農村は自然的であると長らく考えられてきた。

しかし、 都市生活や産業活動をしている人類もまたひとつの生物種であり、 他の生物と棲分けつつ、 その生存環境を共有しているのである。

自然の回復力を人類の開発力が上回っている現在では、 自然環境との共生を持続させる都市システムの確立が重要課題である。

土地の乱用を避け、 大気、 水系、 土壌、 植生などへの汚染負荷をできるだけ減少するような都市設計をこころがける必要がある。

すべての都市空間のなかに生物の営みの場=ビオトープを見いだしてこれを育てるようにしなくてはならない。

エアコン型冷房にのみ頼らずに、 川風など自然風を取入れて涼しいまちにする。

雨水、 地下水、 処理水などが土地に貯えられ循環できるような新しい都市水系に再編成することも考えられる。

都市民が農林漁業にも関心をもって体験したり従事できるような生産緑地の在り方もこのようなテーマの展開のひとつである。

こうしたことを都市計画で実践するには、 地域の自然環境の特色にもとづく取組みが基本となり、 それを支援するきめの細かい土地利用計画や環境共生型の都市施設づくりなどの改革が必要になる。

 

 地域の環境管理計画と連携して、 自然環境の保護保存を含めたきめの細かい土地利用計画、 開発影響を事前に評価する環境アセスメント、 環境への負荷をできるだけ減らす都市施設システムの設計などを通じての取組みが求められる。

 

 アメニティとは、 住民がみずからの居住環境を主体的に管理して、 それを享受することに爽快さを感じられる状況と説明される。

アメニティを可能にするには、 地域環境管理計画の内容を充実すること、 開発事業における環境アセスメントを丁寧に実施すること、 ローカルな環境問題についての住民参加を保障することの進歩がもとめられる。

 

 都市における安全性については、 空間開発技術の発達によって、 低湿洪水危険地帯、 軟弱埋立地、 崖崩れや活断層危険地帯などにも居住するようになった。

また超高層ビルや超深度地下空間が登場し、 それらの錯綜する複合空間集積体が形成されるなど、 災害の発生基盤は大きく変化している。

もちろん対抗する防災技術システムも発達しているが、 まだまだ未経験の世界である。

また、 わが国の場合、 木造密集市街地で地震や火災時の避難が困難な地区が多い。

古い建築ストックでは安全基準を充たさないものが放置されている。

 

 また、 交通災害もまだ減少傾向にない。

安全な環境を確保して市民が安心できるよう、 地域防災計画とも連携して都市計画も取組む必要がある。

市民・民間・行政が協同する自治まちづくり

 都市計画は、 行政がおこなう各種の公共事業の指針となるだけでなく、 市民のコミュニティやさまざまな地域団体や民間事業所などの都市における活動の共通指針にもなるものである。

行政だけでなく市民と民間企業の協力がなければ計画は実現できない。

そのためには、 計画を策定する当初の段階から、 市民参加が不可欠である。

 

 それぞれの都市は気候風土が異なり、 景観や環境にも特徴があり、 その時代の市民のまちづくりニーズも一律ではない。

近年においては、 全国的に実に多様なまちづくりの施策が花盛りである。

このエネルギーを一過性の盛り上がりにとどめるのではなく、 それらを支援する都市計画の運用がもとめられる。

 

 しかしながら、 わが国の現行の都市計画行政の主体は、 1968年の改正によって地方公共団体となり、 国は都市計画にかかわる建設事業を補助金とか起債制度で援助する建前になっている。

実質的にはそれらの制度および認可権を国が支配していて、 自治体が独自のアイデアで土地利用計画を定めたり開発事業をしたり、 それを裏付ける条例(自治体の法律)を制定しようとすることを難しくしている状況である。

わが国の自治体行政能力と住民のまちづくり能力が未発達だった時代では、 政府は国民国家としての国力の充実のために地方を啓発監督し従属させる必要があった。

しかし、 各地域の自発的まちづくり能力が発達しつつある現代社会では、 中央政府の役割は、 地方分権の進んでいるドイツのように、 自治体の自発的な都市計画・まちづくりに助言し支援することである。

この点で、 日本の自治体レベルの都市計画は、 官僚的中央集権を核とする開発権と開発投資をめぐる利益確保という権力システムにたいしていまだに従属しがちな発展途上段階を歩んでいるといえよう(図1・4)。

画像z14 そこで、 全体としての分権化を進めると同時に、 自治体と市民が、 独自の発想でもって将来構想を描き、 法制度や財源制度の改革をもとめ条例を制定して、 自律的なまちづくりができる力量を高めることが大切である。

1・5 プランナー、 コンサルタントの働き

 住民とは地域における居住者であり、 日常の生活体験がゆたかで生活空間の不快・不便問題について鋭敏な問題意識をもっている。

もし自治体行政が、 まちづくり行政に不熱心であると、 住民の意向は、 さまざまな政策・事業への批判と反対運動へと進まざるをえない。

一方で、 住民は、 生活体験や直感的知覚は豊かであるが、 行政システム、 環境の客観的測定、 自主的な調査や学習、 これらを提案にまとめる方法論において未熟であることがすくなくない。

 

 市民は、 都市という自治体における活動者であり、 都市が活気と個性に満ち、 持続的に発展する政策をたて実行するうえで指導力と社会的責任を担うが、 その場合でも、 さまざまな専門的情報を理解したり、 また都市計画のように総合的な空間構想として考えるために専門家の支援を必要とするものである。

 

 自治体において都市計画行政を担当するスタッフは、 単に法律や条例にもとづいて業務を執り行うだけでなく、 法定の都市計画業務においても、 原案や関連情報を提供して、 住民および市民の意見を反映する過程を最大限に大切にしなければならない。

しかし、 わが国の自治体では、 一般に都市計画業務を専門とする職種はなく、 多くはゼネラリストとして広範な行政経験を積んでいく。

均衡のとれた行政業務を遂行する能力があっても必ずしもすぐれた専門的な知識・能力を有するわけではない。

また、 住民・市民とは、 法律・条例、 制度、 予算などの制約から対立関係に立つことも発生しがちである。

 

 そこに第三者としての関連分野の専門家層や計画家集団の支援協力が必要になる。

どのようなグループが存在するか、 簡単に紹介してみる。

都市計画地方審議会委員
 法にもとづく審議会で知事が任命する。

専門家としては都市計画、 土木・建築・造園などを専攻する大学専攻スタッフ、 行政職OBなどが任命される。

公式的でかなり形式的な審議の場となりがちである。

都市計画コンサルタント
 公共・民間の都市や地区や特定の事業の計画にあたって、 基礎調査、 住民・市民意向の把握、 計画原案の作成などの支援作業を外部の専門家集団=都市計画コンサルタントに委託することが多く行われている。

計画主題に応じて、 コンサルタント集団は、 都市・地域計画、 建築、 土木工学、 法律、 経営、 住居、 福祉、 生態、 デザインなどの専門家の参加をもとめて多分野的(inter-disciplinary)なチームを組織して対応する。

公共的な計画や事業とともに民間開発事業者あるいは市民集団からも業務の委託をうける。

支援ボランティア専門家
 環境保護や開発問題やまちづくりなど、 住民や市民が取組む活動を専門家として自発的に支援するグループである。

都市計画コンサルタントも参加する場合もすくなくない。

特定の利害関係をもたないボランティアとして、 地域的には、 NPO、 国際的にはNGOなどの活動状況を作りつつある。

しかし、 都市計画は持続的で多大の業務を必要とするので、 住民や市民はみずからの活動を支援するコンサルタント集団が業務として活動できるように、 自治体のまちづくり専門家派遣制度などの活用をはじめている。

公的および民間デベロッパー
 近年の世界的趨勢として、 都市開発における公的および民間デベロッパーの力量と役割が大きくなっている。

先に都市計画を決めて各種の開発行為をコントロールしながら長期間かけて形成をまつという通常の方式を越えて、 あるまとまった戦略的に重要な敷地では、 デベロッパー集団に開発プロジェクト提案を求め、 優秀案に沿って都市計画を変更するという方式も多くなっている。

コンサルタントとデベロッパーの仕事は著しく高度化しているのが現実である。

都市計画に関係ある学者・研究者
 都市・都市政策およびプランニングという社会的営みの現象、 矛盾の発生、 動向の解析、 計画思想の構想や計画実験などを通じて問題点と解決の指針を明らかにすることを役割としている。

関連学会として、 日本都市計画学会、 日本建築学会、 日本土木学会、 日本造園学会、 日本都市学会、 都市住宅学会、 不動産学会など多数がある。

医学における臨床と基礎学術との関係に似ているが、 近年は、 計画コンサルタントの業務も高度化し、 技術蓄積もすすんでおり、 その限りでは大学研究がおよばない面も多い。

都市計画研究は、 そのような支援活動の在り方自体も対象としており、 計画実践やボランティア活動といった臨床にも参加しつつ、 創造的な方向をもとめる基礎理論の構築をめざしている。

自治体行政スタッフ
 都市・まちづくりの成否の基本的責任は市長や知事といった自治体首長が担わねばならない。

日本の都市計画システムの歴史と現状は、 世界の発達した民主主義諸国とくらべても著しく中央集権的である。

都市計画や関連公共事業計画は、 基本的に都市計画法や関連法で実定され、 かつ補助金支出や起債認可の強力な権限を通じてさらに束縛されている。

わが国が富国強兵から経済の高度成長という挙国一致の時代にあっては、 それに対する局地的な抵抗を排除して、 効率的な規格の都市開発を推進することが主要な目的であった点も否定できないが、 そのために地域住民が被った被害や都市づくり市民エネルギーの抑圧、 自治体行政能力の歪曲、 全体としての地域自治能力の発達の遅れという量りきれないマイナスがあったことを見逃してはならない。

 

 自治体の行政スタッフは、 単なる行政法の運用者をこえて市民の創造的な都市計画・まちづくりを支える総合事務局としての能力を高める必要がある。

政府の役割は、 権限を集中して自治体を支配することではなく、 さまざまな状況にある自治体の自発的な都市計画を制度、 技術、 資金などの面から支援することに重点を移すべきである。

 

 わが国の住民は、 都市計画・まちづくりにおいて、 この20年間くらいで力量をいちじるしく発展させてきたが、 まだ途上段階にある。

自治体はこのような住民主体のまちづくりを支援するシステムとして、 まちづくり協議会の組織化、 情報公開システム、 専門家派遣の計画策定支援システムの保障、 住民によるまちづくり計画の自治体行政における尊重、 住民と専門家の協働システムをめざして、 新しい都市計画の枠組みを構築することを、 いまひとつの目標として据える必要がある。

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