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は じ め に

   

大河直躬

歴史を語るものとまちづくり

   私たちが住む都市や村では、 多くのものに、 古い時代からつい最近までの、 そこに住んだ人たちの暮らしのあとが残されています。

   それらのなかで、 城跡や大きな寺院・神社は古くから人によく知られているものですが、 それ以外にもいろいろな種類のものがあります。

古い町家の並んだ通りや、 石垣を積んだ船着場は、 かつての町の繁栄を語ってくれます。

遠くに見える山や丘の緑は、 長い時代にわたって人が育ててきたものです。

   しかし、 私たちの身のまわりにあった歴史を語るこれらのものが、 1960年代に始まった大規模開発によるまちづくりのなかで大量に失われました。

経済成長と便利さの追求の方が、 歴史を語るものの価値よりもはるかに優先されたからです。

その後まもなく各地で地域住民が、 永く慣れ親しんだ環境が失われることへの危機感から、 それらを守る運動を始めたのは、 当然のことでした。

歴史的環境の価値

   私たちの身のまわりにある歴史を語るものの全体を歴史的環境と呼ぶことにすると、 この歴史的環境はどんな価値をもつのでしょうか。

歴史的環境を構成する個々のものにどんな価値観をもつかは、 ものと人によって違います。

しかし全体的に見ると、 次の三つの価値が最も重要だと思います。

   第一は、 その土地で育ちあるいは永く暮らしたことに基づく、 個人にとっての精神的価値です。

人の生きる意味を支える基盤、 と言ってもよいでしょう。

   二番目は、 住民を互いに結びつける象徴であることから生まれてくる、 都市や村やその他の地域共同体にとっての精神的価値です。

   三番目は、 これらに比べてより現実性の強い価値です。

たとえば、 私たちは新しい建物と道路だけで作られた町並みよりも、 新しいものと古いものが併存している町並みの方に、 楽しさや潤いを感じます。

時代を経た建物や道端の道しるべなど、 いろいろな歴史を語るものは、 過去と現在を結びつける働きをもち、 そこから楽しさや潤いが生まれるのだろうと思います。

新しいまちづくりの試みの始まり

   以上のような反省を生かして、 1980年代以降に「歴史・風土などの地域の特色を生かしたまちづくり」や「なじみやすい町並みの形成」などを目指した努力が始まりました。

特に、 多くの地方自治体によって景観条例が制定され、 そのなかに歴史的環境の保存を含むものがかなりあるのは、 注目されます。

また、 古い建築を修復して新しい目的に活用する試みが、 各地で増えています。

   都市や村は、 絶えず変化し発展してゆくものです。

しかし、 一方的に歴史的環境を無視して破壊するような発展方式が、 環境の精神的価値と、 そこでの生活の楽しさを奪うことが、 次第に理解されるようになったのです。

この本の成り立ちと構成

   私たちは以上に述べたような新しいまちづくりの時代の入口に立っている、 と思います。

すなわち、 歴史的環境のもつ諸価値を認め、 それと自然環境の保全、 住民の安全の確保、 便利さと生活水準の向上などの諸要件との調和をはかりながら、 本当の意味での住みやすい都市をつくってゆく時代のはじまりです。

いろいろな新しい試みが、 日本各地で、 あるいは海外で行われています。

しかし、 まだ断片的、 試行的です。

歴史的環境をどんな概念や価値基準でとらえるかという基礎的研究や、 都市の更新や開発との関係をどう具体的に解決してゆくかなどの研究も不十分です。

   このような状況を考えて、 建築史学会(建築歴史の研究者の学会)は1994年4月に、 「都市の歴史の継承とまちづくり」という主題のシンポジウムを開催し、 日本史・都市計画・建築史の3分野の研究者と行政担当者を招いて討論を行いました。

この本は、 その記録に、 価値基準や基本原理などを扱った総論的な論文と、 具体的な実施手法や制度などの解説を加えたものです。

   このような分野の学問的探究は、 まだ始まったばかりです。

したがって不備な点も多いと思います。

しかし、 多くの方に、 とりわけ各市町村で都市計画の仕事に携わっておられる方や、 将来その分野に進まれる学生諸君に、 これまで述べた問題の内容や実例を是非知っていただきたいと思い、 刊行することにしました。

皆さんから忌憚のない批判をいただき、 歴史を生かしたまちづくりの諸分野の問題の探求をさらに進めてゆきたいと、 著者たちは考えています。

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大河直躬編『都市の歴史とまちづくり』

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