テンポラリーアーキテクチャー

Open A+公共R不動産 編

馬場正尊・加藤優一・瀧下まり・菊地純平・木下まりこ 著

内容紹介

都市を軽やかに使う事例、制度、アイデア集

都市再生の現場で「仮設建築」や「社会実験」が増えている。いきなり本格的な建築をつくれなければ、まず小さく早く安く実験しよう。本書は、ファーニチャー/モバイル/パラサイト/ポップアップ/シティとスケール別に都市のアップデート手法を探った、事例、制度、妄想アイデア集。都市をもっと軽やかに使いこなそう。

体 裁 四六・224頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2762-4
発行日 2020/12/20
装 丁 高木裕次、鈴木麻佑子


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計55ページ公開中!(はじめに、4章:POP UP)

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はじめに―都市を自分たちのものにする手段、テンポラリーアーキテクチャー
この本の使い方

FURNITURE

TOKYO CROSSING トーキョー・クロッシング
―路上で家具を持ち歩くアートパフォーマンス
Diner en Blanc ディネ・アン・ブラン
―白のコーディネートで公共空間をハック
Park(ing)Day/Parklet パーキングデイ/パークレット
―路上駐車場を小さな公園へ
山形ヤタイ
―手軽な屋台の連続で街の風景を変える
笹塚駅のベンチ
―テクノロジーが可能にするストリートファーニチャー

コラム1
どうしたら使えるの? [許可]
妄想アイデア1
即席フードコート [商店街×テーブル]
妄想アイデア2
PUBLICWARE [公共空間×アウトドアアイテム]

MOBILE

三輪自転車
―最小単位のMY店舗
JUN KITAZAWA STARBUCKS FIVE LEGS Project  ジュン・キタザワ&スターバックス・ファイブレッグス・プロジェクト
―銀座にスタバの屋台が出現!
Do it Theater ドゥイット・シアター
―オープンスペースを映画館に
BUS HOUSE バスハウス
―バスで移動するシェアリングスペース

コラム2
どこからが建物? [建築物・非建築物]
妄想アイデア3
防災屋台 [防災倉庫×キッチンカー]
妄想アイデア4
車の駅 [駐車場×キッチン]

PARASITE

殿橋テラス
―橋に寄生した水辺の仮設店舗
Tinys Yokohama Hinodecho タイニーズ横浜日ノ出町
―「動産」による高架下の活用
CASCOLAND VAN DEYSSEL カスコランド・ヴァン・ダイセル
―空き店舗をローカルビジネスの起点に
Ginza Sony Park 銀座ソニーパーク
―銀座のビルを減築して公園化
INN THE PARK インザパーク
―森に浮かぶ球体テント

インタビュー1
新しい行政職員―覚悟をもって伴走する、民間主導の公民連携
臼井久人(沼津市)

コラム3
ここって誰のもの? [所有・管理]
妄想アイデア5
道端オフィス [自動販売機×充電スポット]
妄想アイデア6
歩道居酒屋 [電柱×カーテン]

POP UP

Sompa Sauna ソンパサウナ
―誰でも無料で使えるDIYサウナ
THE FARM TOKYO ザ ファーム トーキョー
―東京駅前に現れた仮設のビアガーデン
Tuin van BRET タウン・ファン・ブレッド
―コンテで拡張する段階的・暫定的な開発
LIVE+RALLY PARK. ライブラリーパーク
―都市戦略にフィードバックするための社会実験
De Ceuvel デ・クーフェル
―土壌汚染エリアに浮かぶエコビレッジ
People’s Pavilion ピープルズ・パビリオン
―廃棄物ゼロを実現する建築

インタビュー2
新しい建築家―実験と実践が生む、サーキュラーエコノミーの建築
ピーター・ファン・アッシェ(Bureau SLA)

コラム4
どうやってチャレンジする? [社会実験]
妄想アイデア7
無人駅ホテル [駅×ベッド]
妄想アイデア8
待ち合いスタンド [バス停×テント]
妄想アイデア9
軒先マーケット [軒先×屋台]

CITY

崇仁新町
―エリアをリブランディングする2年限定の横丁
nest marche/IKEBUKURO LIVING LOOP  ネスト・マルシェ/池袋リビングループ
―点や線の賑わいを都市の価値向上に繋げる
NDSM エヌディーエスエム
―巨大倉庫に広がる未来都市
Meanwhile Croydon ミーンワイル・クロイドン
―再開発前のポテンシャルを磨く
森、道、市場
―人とモノと音楽が集まる3日間の仮設都市

インタビュー3
新しい都市計画家―個人の欲求を起点に都市の風景を変える
山田高広(森、道、市場実行委員会/三河家守舎)

コラム5
どんなしくみがあるの? [制度]
妄想アイデア10
特区パーク [エリア×実験]
妄想アイデア11
保留の森 [計画×余白]
妄想アイデア12
ハイパー・インスタント・シティ [都市×テンポラリー]

おわりに―民主的な建築・都市は可能か

【編者】

Open A

建築設計を基軸としながらリノベーション、公共空間の再生、地方都市の再生、本やメディアの編集・制作を横断的に行う。2003年創業。https://www.open-a.co.jp

公共R不動産

「公共空間をオープンに」をコンセプトに、公共空間の活用事例やプロセスをアップデートするためのコラムなど、公共空間がもっと楽しく使える社会を目指し、さまざまな情報発信を行うメディア。自治体のコンサルティングや、公共不動産の情報を集約・発信する「公共不動産データベース」の運営も行う。https://www.realpublicestate.jp

【著者】

馬場 正尊

Open A 代表/公共R不動産ディレクター/東北芸術工科大学教授。1968年生まれ。早稲田大学大学院建築学科修了後、博報堂入社。2003年Open Aを設立。建築設計、都市計画まで幅広く手がけ、ウェブサイト「東京R不動産」「公共R不動産」を共同運営する。近作に「佐賀城内エリアリノベーション」「泊まれる公園 INN THE PARK」など。近著に『公共R不動産のプロジェクトスタディ』『CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編』『エリアリノベーション』など。

加藤 優一

Open A/公共R不動産/株式会社銭湯ぐらし代表取締役/一般社団法人最上のくらし舎代表理事。1987年生まれ。東北大学博士課程満期退学。建築・都市の企画・設計・運営・執筆等を通して、地方都市や公共空間の再生に携わる。近作に「佐賀城内エリアリノベーション」「SAGA FURUYU CAMP」「西予市新庁舎」「小杉湯となり」「万場町のくらし」など。近著に『CREATIVE LOCAL エリアリノベーション海外編』『公共R不動産のプロジェクトスタディ』など。

瀧下 まり

Open A。1995年生まれ。愛知淑徳大学メディアプロデュース学部都市環境デザイン専修卒業。2017年Open Aに入社し、住宅、オフィス空間のリノベーションなどの企画・設計に携わる。

菊地 純平

Open A/公共R不動産/NPO法人ローカルデザインネットワーク。1993年生まれ。芝浦工業大学工学部建築学科卒業。筑波大学大学院芸術専攻建築デザイン領域修了。2017年UR都市機構に入社し、団地のストック活用・再生業務に従事。2019年Open A/公共R不動産に入社。また、2015年より静岡県東伊豆町の空き家改修、まちづくりプロジェクトに携わる。

木下 まりこ

Open A/公共R不動産。1984年生まれ。共立女子大学家政学部卒業。法政大学大学院工学研究科修了。2009年新建築社に入社し、建築雑誌『a+u』『新建築』『新建築住宅特集』の編集を担当。2020年よりOpen A/公共R不動産にてメディア・編集に関わる。

都市を自分たちのものにする手段、テンポラリーアーキテクチャー
馬場正尊

石巻のニュー・シネマ・パラダイス

僕の理想の風景の一つに、イタリア映画の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)の冒頭のシーンがある。夏の夕刻、広場にスクリーンを張って、椅子を並べただけの屋外に街の人々がワイワイと集まり、みんなで映画を見ている。仮設空間が醸しだす、はかなさやせつなさも加わった、美しいシーンだ。同時に、このシーンは街と人との幸せな関係の象徴としても記憶していた。こんなことが日本の日常にも起こればいいのにと。
そんな風景に出会えたのが、東日本大震災(2011年)直後の宮城県石巻だった。
ただ周りはイタリアの穏やかな街並みとは真逆で、瓦礫の山や崩れかけた建物が並んでいる。そんな街に残されたビルの外壁に白い布を張り、プロジェクターがその壁を照らす。隣接する空き地に、パイプ椅子を並べただけの映画館。
街の人々が集まり、子どもたちはアニメを見ている。親たちは背後で見守りながらビール片手に夕飯を食べている。穏やかで優しい空間と、周りの風景とのコントラストがあまりに衝撃的で忘れられない。

石巻のニュー・シネマ・パラダイス

なぜ、この風景は僕らの日常にないのだろうか。たとえば公園にスクリーンとプロジェクターを持ち込んで、同じことをしてもいいはずだが、誰もやろうとしない。思いつかないだけかもしれないし、管理者に止められるからやろうとしないのかもしれない。
こうして既存の常識や制度を超えた状況下の石巻で出会ったこの風景に、日本におけるテンポラリーアーキテクチャーの可能性と、同時に課題を発見した。個人や小さな集団によってつくられる、このような仮設建築・暫定利用がつくる豊かな風景。そのイメージや方法論を探そうとしたのが、この『テンポラリーアーキテクチャー』という本をつくったきっかけだ。
震災直後に石巻の風景を見てから、もう10年が経とうとしている。あのとき、被災地で見たような、個人がそれぞれの力を持ち寄って全体に貢献しようという意思や行動が反映される社会は実現しただろうか?都市のつくり方は変わっただろうか?もちろん、それが実現したことも一部ではあるだろう。しかし、大部分はいまだに個人の介入の余地を感じさせない、ソリッドで単調な都市計画が主役なのではないだろうか。

東京オリンピックが浮かび上がらせた課題

2020年現在、東京オリンピックは開催の時を待っている。スポーツは大好きだし、あのドラマが身近な場所で展開されることには心躍るものがある。
一方、こうした期待感と裏腹に、東京オリンピック開催までのプロセスは、現在の都市の課題を改めて浮かび上がらせたのではないだろうか。
というのは、都市でプロジェクトを仕掛ける側と受け入れる側との二分化が、以前よりさらに進んだと感じるからだ。巨額のスポンサー費用の存在によって、関わり方が厳しくコントロールされているから当たり前なのかもしれないが、個人や小さな組織が入り込むスキマが想像以上にない。この「都市に関わる余白のようなものがない」という感覚は、いつの間にか進む再開発事業を眺める無力感にも似ている。
では、東京オリンピックには都市の課題を解決する、どんな可能性があったのだろうか。当初はコンパクトで低予算、サステイナビリティが標榜されていたが、最終的には新たなハードインフラが数多くつくられることになった。大会後に市民が活用できるスポーツ施設が増えることは、必ずしもネガティブなことではないが、サステイナビリティというテーマに合わせた実験がもっと行われてもよかったのではないか。
たとえば、巨大なスタジアムや体育館を仮設建築でつくるような試み。大会終了後、その巨大な建築はすっと姿を消し、そこに使われた部材はすべて再利用され、新たな建築へと生まれ変わる。伊勢神宮の式年遷宮に象徴されるように、スクラップ&ビルドの技術と伝統が蓄積されてきた日本だからこそ、ありえた手法だったかもしれない。しかし、実際に仮設建築が活躍したのは、2012年のロンドン・オリンピックだった。そこでは数多くの施設や観客席が仮設でつくられ、再利用されている。
または、せっかくの都市スケールのイベントなのだから、祭りの屋台のように、公共空間にポップアップのパビリオンが立ち、仮設建築や暫定利用のトライアルがもっと計画されてもよかった。オフィシャルスポンサー以外の企業や組織が自発的に東京を盛り上げるしくみだ。法制度の緩和や社会実験の枠組みを用意できれば、より多様な東京の楽しみ方を示すことができるはずだ。公共空間の可能性を東京という都市スケールで試す、よい機会だった。
勝手な妄想を始めると切りがないが、都市をもっとオープンソース化できれば、また小さな組織が介入しやすいしくみがあれば、東京はより自律的に活性化するはずだ。

都市計画は、マスタープラン型から帰納法型へ

この本を編集するプロセスで、ただ仮設建築や社会実験の方法論やアイデアを集めるだけでなく、新たな都市計画のプロセスを示すことに意識的になった。新しい都市計画のプロセスとは、空間が小さく、時間が短くても、部分を集積させることで全体を形成していく、帰納法的な都市デザインである。

マスタープラン型の都市計画から帰納法型の都市計画へ

今までの建築や都市は安定性や絶対性を示すもの、ときには権力を表彰するものと捉えられてきた。だから、変わらないこと、揺るがないことがおのずと要求された。ただ、不確実性が高まった現代社会においては、積極的に不安定、一時的、実験的なものである方が環境に順応しやすい。
今までの日本の都市計画手法はマスタープラン型だった。帰納法的手法とは逆で、まず、結論として夢想的な完成図を掲げ、それに向けてプランを描くというものだ。しかし、そうした都市計画手法は、市民にとっては、自分たちの知らないところで、誰かによってつくられ実行される、ブラックボックスのようなものであることが多い。日本にはそんなマスタープランが乱立している。
一方、たとえばフィンランドやデンマークでは、人々で賑わう広場の近くに市がプレゼンテーションルームを設けて、新規開発エリアのマスタープランやインフラ整備の概要を展示し、道行く人々が都市のビジョンに日常的に接する機会がつくられている。しかもそのプレゼンテーション自体が人目を引くかっこいい表現になっている。仕方なく市民向けに説明会を開いてプレゼンするのではなく、プロジェクトに市民の共感を呼ぶための積極的なプレゼンになっているのだ。

デンマーク・コペンハーゲンの公園にポップアップテントで設置された、インフラ整備を住民に説明するためのブース

またオランダでは、公園の活用にあたり、民間組織が自らクラウドファンディングで資金を調達して行政にアイデアをプレゼンし、都市計画に組み込まれるような柔軟なシステムで運用されている。
このように、先進的な都市デザインを実現している海外都市では、市民が都市デザインに主体的に関わるためのチャンネルが複数用意されているのだ。

土地活用は、整頓型から実験型へ

オランダではリーマン・ショック(2008年)で多くの都市・建築プロジェクトが止まってしまったとき、空き地のまま放置された建設予定地を暫定的に活用する取り組みが多数行われた。ただ空けたままにしているのはもったいないというオランダらしい合理主義がその背景にあるのだろうが、そのときに都市で起こったことが都市計画の方法論に大きなインパクトを与えている。
暫定利用のアイデアと活用者を選び、実験的に行ってみる。評判が良く、経営的に成り立てばそのまま継続して、再び大規模な投資が行われるタイミングが来るまでうまく事業をつなぐ。その暫定利用期間中に注目が集まれば、その場所のプロモーションにもなる。もっと踏み込めば、暫定利用はそこにどんなコンテンツがあるべきなのかを探るマーケティングにもなる。もはや仮設なのか恒久なのかの定義は積極的に曖昧にされている、都合のよい無期限の暫定利用。オランダだけでなく、リーマン・ショック後のEU諸国のあちらこちらで起こったことだ。
一方、現在の日本では仮設建築が設置可能な期間は原則1 年間(特別な理由があれば2年まで延長可能)。上記のような実験的な土地活用に対しては寛容ではない。戦後の闇市や不法占拠による既得権の発生など、歴史上の苦い経験がこうした規制を生みだしたのだろう。また、都市の基本的な安全や安定を一刻も早く整えたかった線後の日本では、木造の柔らかい構築物を一掃し、強固でコントロールしやすい空間に置き換えたいという強力な意思も働いたのだろう。それが都市を形成する主な手段を、再開発や区画整理というものに委ねていった。結果的に日本の都市は、きっちり整頓されたのと引き換えに、実験を許容する柔軟性を失っていったとも言える。

整頓型の都市から実験型の都市へ

柔らかくしなやかな身体のような都市

1960年、丹下健三に教えをうけた黒川紀章ら若手の建築家たちが「メタボリズム」という未来都市のマニフェストを掲げ、建築運動を展開し始めた。「都市は身体のように新陳代謝する」というダイナミックな思想は海外でも話題になった。人口増加や経済成長で急激に成長する都市が、まるで生き物のように新陳代謝し、変化してゆくイメージを捉えたものだった。その当時の東京はまさにそんな勢いを持っていたはずだ。
ただ、ここで描かれた未来都市のイメージはメガロマニアック(誇大妄想的)な巨大構造体で、正直、身体のように新陳代謝する柔らかさやしなやかさとはかけ離れたものだった。しかし60年後の今、もう一度メタボリズムを再解釈してみると、新たなインスピレーションをもらえる。
当時の提案は、身体でいえば骨格だったのだろう。実際、その後、日本の都市構造は一気に整備されていく。1964年に開催された東京オリンピックの前後には、交通や流通など都市の安全・衛生に関わる基本的なハードインフラが一気に整えられ、その後の日本が成長するベースが築かれた。
確かにメタボリズムは都市の未来の風景を喚起した。それを引き継ぎ、今の時代が生成すべきは、都市の柔らかくしなやかな部分、いわば筋肉や神経、血液といった部分なのではないだろうか。
神経は進化する通信網やサービス、アプリケーションのような、リアルには見えないもの。血液は物流。たとえば宅配やUberEatsのように、都市の隅々までモノを運ぶシステム。筋肉は骨格の周り、すなわち構造体に取りつく、人々の活動や小さな細胞のような空間の連なり。テンポラリーアーキテクチャーは、その一部を形成する要素ということになるだろうか。それは柔らかく、伸縮し、可変的で、新陳代謝が可能である。柔らかな部分を活性化させることで、タフでしなやかでクリエイティブな都市に体質改善することができるはずだ。
現代のメタボリズムが描く都市像は、細胞が身体を活発で健康な状態に仕上げていくように、都市を形成する一つ一つの細胞がクリエイティブに活性化し、それらがつながり集まることによって、都市全体の調和を図るイメージだ。一つ一つのテンポラリーアーキテクチャーは、細胞のように小さいが、しかし身体に細胞が不可欠なように、都市に不可欠な構成要素なのだ。

メタボリズムの現代的解釈

都市を捉える解像度を上げるウォークシフト

現在、世界の各都市でウォークシフトが進んでいる。日本でも、国土交通省が「居心地が良く歩きたくなるまちなか」の形成を目指し、2019年に「ウォーカブル推進都市」を政策化。現在、260以上の自治体が手を挙げている。道路や歩道、それに伴う周辺環境のデザインが大きく見直されようとするタイミングにあるのだ。
車の移動を中心にした都市は、時速40km程度で走行する車内から認識できるようにつくられるので、おのずと構成要素のスケールが大振りになる。人々が都市を捉える解像度は荒くなっていく。要するに、ヒューマンスケールを超えてしまう。
その大振りな装備は当然、高価になるため、個人が介入できる余地がなく、国や自治体の強いコントロール下で供給される。結果的にそれが、日本全国に均質で無骨な都市の風景を形成してきた。
しかし、歩くスケールで都市が再編されれば、時速4kmで歩くスピードに合わせて構成要素をつくればよいので、そのスケールは小さく繊細になる。都市が小さく軽く、可変的になると、個人が関与しやすくなり、誰かにつくられた都市ではなく、自分がその都市に関わっているという実感を持てるようになる。そうすると、人々が都市を捉える解像度も上がっていく。
都市のウォークシフトは都市のスケール感の再編であり、個人が都市に具体的に関わる方法の多様化でもある。
一方で、ウォーカブル政策で懸念されるのは、歩くこと自体が自己目的化してしまうことだ。自治体によっては、社会実験として道路でオープンカフェやマルシェなどを行うことがウォーカブルだと捉えてしまっている場合もある。
社会実験の目的は、実験をやることではなく、都市政策につなげることである。たとえば、どのような工夫をすれば人々は道路を歩きたくなるのか、それによって都市構造や経済に何をもたらすことができるのか。こうした都市設計の上位概念の政策を検証するために社会実験はある。よって、明快な目的設定や、その実験の先に何があるのか、どんな政策を導くのか、そのためのKPI の設計こそが重要となってくる。

都市を捉える解像度の違い。自動車交通中心の都市(上)と、歩行者中心の都市(下) (いずれも、東京・池袋のグリーン大通り)

21 世紀を牽引するのは実験国家

この本でも取り上げた、オランダのアーティストや建築家によるユニット「CASCOLAND(カスコランド)」(p.100参照)が、公共R不動産主催のイベント(2019年)に登壇した際、彼らは冒頭の自己紹介でこう述べた。
「実験国家、オランダからやってきました」
自国を、このように定義したのだ。そのとき、僕は素直に羨ましいと思い、同時に強烈な焦りを感じたのを覚えている。オランダだけではない。さまざまな国や都市が次の時代の社会や産業のあり方に向けて日々、実験を繰り返しているのだ。

オランダの街なかで小さな小屋を設置する、CASCOLANDのプロジェクト。囲われた空間があることで、自然と会話が弾む

さて、日本はどうだろうか?
フランスの経済学者、ジャック・アタリの著書『21 世紀の歴史』(2006年)の序文には以下のような内容が書かれている。
「20世紀の終わり、日本は世界の中心勢力となるチャンスがあった。しかし、強すぎる既得権益、行き過ぎた官僚システムから脱することができなかったため、その地位から滑り落ちた。」(要約)
すでに、歴史上の事実としてこのように記述されてしまっているのだ。ショックではあったが、納得せざるをえない現実がある。
スタートアップ企業の成長力は先進18カ国で最下位レベル。起業家率も4%(2014年)と、アメリカ、オーストラリア、カナダの3分の1弱で、起業活動自体も低調である(内閣府による平成29年度年次経済財政報告)。国民1人あたりのGDPは26位(2019年、IMF公表)。もはや日本は経済大国などではなく、挑戦を忘れた効率性の悪い国になってしまった。
もちろん規制緩和は大切だ。実際僕も2015年に内閣府の規制緩和委員会にリノベーションの専門家としてゲスト参加し、政策立案プロセスの一部を垣間見たことがある。そのとき感じたのは、こんなスピードで、しかもエクスキューズだらけで話を進めていたら、いつまでたっても大した変化は起こらない、という印象だった。規制緩和の手続きはとてつもなく手間のかかることなのだ。
そうであれば、まず実験をやらせてほしい。そして社会の反応を見る、間違いがあれば修正する、もっと良い方法があればすかさず組みあわせる、それを楽しくスピーディに繰り返す。その実験の先にしか僕らのリアルな都市の風景は見えてこない。
安定的かもしれないが、誰かによって与えられた都市なんてつまらない。
時代の変わり目は、いつも不確実で不安定。
だからこその仮設建築や社会実験である。試行錯誤を繰り返しながら、少しずつつくってゆく。そのプロセスに自分も関わっている実感がある都市で暮らしたい。
テンポラリーアーキテクチャーは、都市を自分たちのものにするための道具であり、手段である。

民主的な建築・都市は可能か

ちょうどこの本の原稿を書いているとき、新型コロナウイルス感染症拡大防止のための緊急事態宣言が出された。みんな家の中に閉じ込められている。さすがに風や太陽が感じたくなって屋外に出てみた。すると、公園や川沿いの遊歩道に、いい感じの距離感で人々が寛いでいた。賑やかすぎず、かといって寂しげでもない。なんとなく調和がとれている。
敷物を広げ、自分の小さな領域を確保しながら読書をする人。キャンプ用の折りたたみ椅を持ち込んで語りあっているカップル。周りに気を使いながら子どもとボール遊びをしている親子。
みんながちょっとした道具や工夫で自分たちの居場所をつくっている。パブリックの中に、それぞれの小さなプライベートが内包され、適度な距離感で点在している。
そんな風景を眺めながら、ふと感じた。これが次の時代の都市の理想を示すワンシーンなのではないか。同じ空の下で、みんなが、自由に、気ままに、自分たちの時間と空間を味わっている、穏やかで民主的な風景。
もしかすると、テンポラリーアーキテクチャーが問いかけたかったのは、こういうことだったのかもしれない。専門家でなくても、僕らは自分たちの創造力で居心地のよい空間をつくれるし、都市の営みに参画できる。それはすなわち、「民主的な建築・都市は可能か?」ということを、改めて問い直すことにつながっている。

2020年11月 馬場正尊

この本は、小さな家具(FURNITURE)からエリア規模の都市(CITY)にいたるまで、スケールごとに分類した、五つの章で構成されている。

1. FURNITURE

家具や屋台など持ち運びできるもの。室内化した暮らしは成熟し、活動のベクトルは屋外に向かっている。家具は空間性を帯びるようになり、技術の進化によって建築的なスケールをも実現できるようになりつつある。

2. MOBILE

自転車や車など車輪がついたもの。車両と建築の境界は曖昧になり、小さく持ち運べる建築の人気も高まっている。今後、自動運転が普及すれば、この流れはますます加速するだろう。

3. PARASITE

何かに寄り添うことで成り立つもの。都市の建築は、所有や規制、時間のスキマを見つけだし、パラサイトする。適度な寄生があってこそ、多様性や免疫力を高めることができるのは、都市も生物も同じらしい。

4. POP UP

何かの目的のために期間限定で建てる建物。不確実性が高まる現代においては、とりあえず小さく早く安くやってみる。うまくいきそうなら、大規模投資に乗りだせばいい。

5. CITY

1 ~4のテンポラリーアーキテクチャーが集まり、都市的スケールが形成されたもの。都市を、恒久性や安定性を追求するものとしてではなく、自然や環境に応じて変化する、柔らかで可変的な存在として捉えてみる。

また、この本は大きく四つのコンテンツで構成されている。

プロジェクト

本書で取り上げる事例は、都市の風景や使い方を暫定的に変えたプロジェクトだ。仮設建築のデザインだけでなく、社会実験などのしくみにも着目している。

インタビュー

テンポラリーアーキテクチャーが求められる背景にはどのような思いや理由があるのだろうか。インタビューでは、プロジェクトのしくみをつくったり、空間をプロデュースしたりと、都市を軽やかに使いこなす人たちに話を伺った。

コラム

テンポラリーアーキテクチャーを実現するためには、都市のしくみや制度を知る必要がある。コラムでは、許可/非建築物/所有/社会実験/制度、といったキーワードから、街にアプローチする手法やヒントを解説する。

妄想アイデア

妄想アイデアは、ありそうでなかったテンポラリーアーキテクチャーのアイデア集。活用しにくい場所でも、暫定利用を上手く使えば、空間を劇的に変えることができる。一時的・仮設的だからこそ可能な、新しい風景を妄想する。

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