インバウンド再生

宗田 好史 著

内容紹介

インバウンド回復のため、いますべきこと

海外からの観光客が途絶えて半年。その経済的損失の大きさにたじろぎ、かつてオーバーツーリズムと言って忌避したインバウンドの再生を切実に待ち望む声が高まっている。しかし、拙速な回復策は禁物だ。同じ失敗は繰り返せない。身近な場所での異文化交流を文化都市に転換する力にする観光政策のあり方を示す。

体 裁 四六・284頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2750-1
発行日 2020/11/20
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史・萩野克美


目次著者紹介はじめにおわりにレクチャー動画関連イベント

序章 激増と消滅 —経験から何を学び再生に活かすか

第1章 コロナ直前、日本で起こっていたこと

外国人観光客の急増
観光公害? 誰が悪かったのか?
郷に従うようになってきたアジア系外国人観光客

第2章 イタリア観光現代史
—反発と受容・活用を振り返る

ヨーロッパ観光産業の四つの発展段階
19世紀後半から戦後、イギリスとアメリカ
日本人の登場とその購買力
ベルリンの壁の崩壊と東欧人の登場
東アジアからの観光客の急増
観光急増から成熟へ

第3章 観光客の変化に応じて変わったイタリアの社会
—交流の中で生まれた融合

団体旅行の誕生から個人旅行への転換
アメリカとの融合
日本との融合
リピーター客は層をなし やがて第二の故郷とした
受容から能動へと転じ母国を変えた観光客

第4章 イタリアの観光公害と観光政策
—都心整備・創造都市・持続可能性

地方の小都市の観光公害と交通まちづくり
観光振興が招いたヴェネツィアの繁栄と終わりなき混乱
観光客の総量規制と選別
商業サービスの適正配置
観光都市の町並み保存
町なかの歩行者空間化
EUの文化観光政策と〝創造都市論〟
持続可能な観光の模索

第5章 観光を生かしたイタリアの稼ぎ方
—ホストとゲストの出会いが生んだスモールビジネス

歴史的環境を活かした厚利少売
試行錯誤をへて成熟した市場
地方都市の再生 田舎に押し寄せてきた国際社会
ホストとゲストが育てたグローバルで小さなビジネス

第6章 女性が変えた京都の観光政策
—町家・町並みを育てたアウトバウンド経験

観光都市ではなく文化・芸術都市を目指す
京都で起こっていたこと
四つに区分できる京都観光の戦後史
モータリゼーションへの対応
アンノン族の時代 そして女性化、成熟化
バブル崩壊と〝そうだ 京都 行こう。〟
観光都市の景観論争
観光客も後押しした景観政策と町並み整備
京都の持続可能性と進化する文化・景観・観光政策

第7章 アウトバウンドとインバウンドが生んだ四つのシフト
—国際水準の歴史観光都市への転換

京都観光四つのシフト
「都心シフト」は 装い・味わう・暮らしの贅沢をセットメニューで
伝統産業から生活文化産業へ
地域性を目立たせたもう一つの要因
アジア・シフト
コロナ後の京都に求められること

第8章 コロナ後に向けた地方都市の観光再生
—量を制御し質を高め地域を豊かにする八つの戦略

観光公害とコロナ・ショックから何を学ぶべきか
求められるリスペクトと負担、量の規制
量を制御する二つの戦略
地元を優先し厚利少売で世界と結びつく三つの戦略
生活文化を創造し惹きつける三つの戦略
世界の地方都市で進む国際化・個性化

宗田 好史

1956年浜松市生まれ。法政大学工学部建築学科、同大学院を経て、イタリア・ピサ大学・ローマ大学大学院にて都市・地域計画学を専攻、歴史都市再生政策の研究で工学博士(京都大学)。国際連合地域開発センターを経て、1993年より京都府立大学助教授、2012年より同教授、2016年4月~2020年3月副学長・和食文化研究センター長。京都市景観まちづくりセンター理事、(特)京町家再生研究会理事などを併任。国際記念物遺産会議(ICOMOS)国内委員会理事、東京文化財研究所客員研究員、国立民族学博物館共同研究員などを歴任。
主な著書に『にぎわいを呼ぶイタリアのまちづくり』(2000)『中心市街地の創造力』(2007)『創造都市のための観光振興』(2009)『町家再生の論理』(2009)『なぜイタリアの村は美しく元気なのか』(2012)

20年10月になって日本人観光客は回復してきたが、インバウンド受け入れはまだ先になる。

インバウンドはマナーの悪さが話題になったが、そもそも訪れる側も迎える型も不慣れだった。マスコミがトラブルを頻繁に取り上げたことも問題を大きくした。受入業者の一部は安易な稼ぎを急ぎ、客はもとより、周辺住民などへの対応がまずかった。だから荒稼ぎへの批判が高まった。

京都でも当初は観光客が消え静かでいい、リスクの大きな観光業には依存せず製造業重視の産業政策をと言われたが、観光産業は裾野が広い。飲食・宿泊業の成長の雇用効果は大きかった。関係なさそうな仏具店でも、飛び入りのインバウンド客が売上の3割を占めたという。今ではオーバーツーリズムと言って忌避したインバウンドの再生を切実に待ち望む声が高まっている。
とはいえ、そもそも経済性ばかりに目を向けていたから嫌われたのだ。観光の本質は文化交流である。われわれ日本人が海外旅行を楽しみ、留学で何を学んできたか、何を手に入れてきたかを思い出だしてほしい。今、われわれは迎える立場になった。日本を見たい人、知りたい人、愛する人、憧れる人を拒んでいいのか?問題のマナーも実は急速によくなっていた。

インバウンドを待ち望むイタリア人の一人ジャンニ・ラニエリ氏と話した。ローマ都心でホテル・ラニエリを経営している。お母様が始めたペンションを三ツ星ホテルにした。日本大使館に近く昔から日本人客が多い。その後フィンランド人が増え、今は日本語の予約サイトもある。私は、1981年から常宿にしている。ローマ在住時には両親にも泊ってもらった。お母様に昔、絶え間ない設備更新のご苦労を伺ったこともある。
ラニエリ氏は経営者の立場で観光都市の変化を見てきた。ブランド店で働く友人は80年代の日本人客の様子を最近の中国人客と比べてくれる。文化財監督局に努める美術史家はさまざまな外国人観光客を受け入れた美術館の対応を語る。他にも、レストラン、海辺のホテル、タバコ屋、いろんな人が観光客と町の変化を語る。そんな話を集め、資料を添えてその変化を整理した。
ローマでは、むしろ、観光客はローマをよくしたという。観光がなければ、ローマは貧しい田舎町、ちょっと油断すれば変化に取り残される。観光客の求めに応じて何とかEU水準に追い付いた。ホテル・ラニエリは日本水準に近い。有名ブランドは日本人客の好みを受け容れ新商品を開発してきた。観光は異文化との交流を通じて自らを革新し、双方の文化を変容、発展させる。

これまで、日本のグローバル化は海外に出かけ買い物をすることだった。ネット時代になってもパソコンから世界を覗くだけだった。でも今は違う。隣の部屋に外国人がいる。今朝着いたばかりの旅行者が出発地の匂いと生活習慣を持ち込んでくる。モノではなくヒト、大勢の外国人が最初は観光、次は居住者としてともに暮らす。未来の地域社会では、彼らの文化を受け容れてわれわれ自身が変わっていく。身近な場所での異文化交流が日本を発展させる時代を取り戻そう。

ウィズ・コロナ、アフター・コロナの時代の観光は、これまでのようにはいかない。密を避けるだけでなく観光地そのものを避け、従来型の観光に飽きる人も増えるだろう。イタリア人はバカンスに飽き始め、高齢化した日本人もコロナ禍で観光に慎重になった。イタリアでも日本でも家族の形が変わり働き方が変わってきた。イタリア人も家族揃ってバカンスに出かける時代ではない。

このコロナ禍でさらに孤独が広がった。だから連帯が叫ばれ、勇敢な行動が人々を勇気づけた。こうした変化を受け、観光も変わる。自分たち家族だけが楽しめばいいという意識ではない。自分の家族や仲間だけが楽しむだけでなく、異文化理解を深め、この世界を少しでもいい方向に変えようという持続可能な観光を求めている。

新型コロナウイルスは世界中に広がった。だから、それぞれの国ごとの違いが明確になった。イタリアも日本もそれぞれの国情にあった対応を進めた。その良し悪しを論ずるのでなく。その違いを認め合い、学び合う機会になった。世界には多様な文化があるからこそ、楽しめるし、尊敬もできる。異文化と出合うことで自分が豊かになり、自分の周りを少しだけよくすることもできる。このような観光の理想の姿をコロナ後のインバウンドに求めたい。
日本で楽しく過ごしてもらおう。そして、尊敬されるホストであろう。ルールをつくり、上手に受け入れられる観光まちづくりを進めよう。世界の人々とともに、われわれと彼らの文化を発展させようという機運が高まることを期待したい。

観光は楽しい。しかしさまざまな問題を引き起こしリスクも多い。その長い歴史の中で、さまざまな出会いが文化を交流させ、互いの文化を発展させてきた。20世紀後半にはもっとも観光交流の盛んだった西欧諸国では平和が実現された。そこに東欧諸国が加わって30年、現在のEUに統合された。今は急速な統合への反発も激しいが、東欧諸国の人々はすっかり西欧に溶け込んだ。
この経験が、今東アジアで、やがて東南アジア、南アジアで起こるだろう。観光が盛んになったから歴史的町並みは美しくなった。京都で起こったことは、形と規模を変え、蘇州をはじめ北京、上海、南京など多数の中国都市で起こった。シンガポールはさらに四半世紀以上早かった。ペナンやマラッカも続いた。歴史文化都市での観光は、異文化理解を助ける。そこに衣食住、生活文化の体験が重なれば、文化の融合が起こる。世界遺産はそのアイコンの役割でもある。このことが観光まちづくりの核心にあることを申し添えて本書を終える。

最後に、度重なる延期と中断にも屈せず、最後まで丁寧なご対応をいただいた前田裕資社長はじめ学芸出版社の皆さんに謝意を表したい。

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