現代のまちづくりと地域社会の変革



はじめに


 20世紀の末から始まった日本の構造改革は、これまで常識であったことを疑い、確かなものと思われてきた社会の仕組みを根本から変えていくことを私たちに求めています。また、東西の冷戦といわれた米ソ両超大国の対立が解消することで世界は市場経済優先のグローバル化が進み、その影響で国の政治経済システムだけでなく身近な地域の農業や商工業までもが国際社会の影響を直接受けて激しく動揺し、社会のあちこちにきしみが生じています。さらに、日本の経済の成熟化や人口構成の急速な高齢化と少子化が進むことによって、安定した豊かな社会が揺らぎ、国や地方自治体の財政危機が深刻な状況にあります。社会や経済の状態に強く影響されるまちづくりも、このような社会システムの変動を受けて、その基本的な仕組みや目指す方向を根本的に見直さなくてはならない時代が来ているのです。
 近現代における日本のまちづくりは、まず、先進諸国の都市計画手法を取り入れた市街地整備による近代的都市づくりを目的に始まり、以後、高度経済成長期までの長い間、国家による中央集権的な土地利用規制や都市・地域基盤整備という制度的枠組みに強く縛られ続けてきました。その時々の政府は国の急速な近代化や先進国へのキャッチアップを果たすために、国土の開発と工業化のために資源や財源を集中的に投入し、地域社会は政府の開発方針の受け皿としての役割を振り分けられて、それに従属しつつ依存する体制が固定化してしまいました。その結果、高度経済成長の後期には、全国的に画一的な都市整備が進められて地域の環境・歴史・文化などの地域的特性が失われ、また都市人口の急増に伴う環境破壊が進むなかで、良好な生活環境を実現するうえで中央集権的な都市計画制度には重大な限界があることが誰の目にも明らかになり、各地で独自の地域づくりが意識されるようになったのです。
 “まちづくり”という言葉が広く使われ始めたのはこの時期だと考えられますが、それは都市計画の限界を、地域社会の自然環境と社会環境を再発見し地域資源として活用することによって乗り越えることをめざし、ハード中心であった都市計画から歴史や文化そして環境などを生かすソフトを加味した地域づくりヘ転換することを意味していました。ただこの時期は、日本経済が成長期から成熟期への転換期であったために、右肩上がりの経済への信仰はなお強かったのです。政府の景気対策への出動も含めて、まだ地方財政も比較的ゆとりがあった当時には、“まちづくり”が提示した独自性のある地域づくりというコンセプトは行政主体の地域づくりに吸収されて、一部の例外を除いて地域社会全体の仕組みや構造の転換にまで結び付くにはいたらず、相変わらず行政主体のハードを中心とする地域づくりの枠のなかに止まっていました。
 しかし、20世紀末に日本を襲ったバブル経済の崩壊とベルリンの壁の崩壊に続く世界経済の究極的なグローバル化・市場経済化は、日本経済の活力を奪い、日本の公共経済も底のみえない財政危機に直面することになりました。強い日本経済の主役である大企業からの税収によって支えられてきた、少ない個人の税負担による国づくりや地域づくりの基盤は完全に崩壊し、大きな財政支出を前提とする行政主導・行政依存型の地域づくりは完全に行き詰まって、根本的な発想の転換がいま求められているのです。
 それでは、バブル経済崩壊後から始まった日本社会の本格的構造改革以後、まちづくりはどのような局面に入ったのでしょうか。私たちは、現代のまちづくりは、@グローバルな持続的発展概念への収斂と、A公・共・私型社会システムヘの転換、という二つの流れが合流する、新たなパラダイムの時代に入ったと考えています。すなわち第一に、まちづくりの活動が、経済的繁栄や規模の拡大指向から、いま世界の各地でようやく共通の目的となりつつある環境・経済活動・社会的活力を兼ね備えた地域社会の豊かさの実現(拡張された持続的発展概念)へとシフトしつつあるということです。そして、第二に、まちづくりの主導権と責任が行政の独占を離れて地域社会の住民や企業など多様な主体に振り分けられ(公・共・私の役割分担)、それぞれが必要不可欠な役割を演じることによって地域社会全体の公共性が担保される(補完性の原則)地域社会システムへの転換です。現代のまちづくりは、これらに代表される新たな基礎概念のうえに再構築されなければならないのです。
 しかし本書は、現代のまちづくりを理論的に考証することを目的にして構想されたものではありません。むしろ私たちが現実に見ている、さまざまなまちづくりの実践事例を系統的にとりあげて分析を加えることによって、現代のまちづくりが直面しているパラダイム転換の有り様を事実の側から照らしだすことを目的としています。そのために、本書では、第T部で日本の近代化の過程で都市計画が果たした役割とその限界を明らかにし、第U部ではアメリカ・EUにおけるまちづくりの事例の分析から、拡張された持続的発展概念を基本とするまちづくりの諸活動を提示すると共に、それを支える人々のエンパワーメントの重要さを論じ、さらに第V部では分権時代における日本各地の自治体で実践されている先進的な政策や市民活動を紹介して、地域社会における公共性の変容と補完性のあるべき姿を、さまざまな側面から照らしだす構成をとっています。各部は単独で読まれる場合を想定してそれぞれ独立の構成をとっていますが、全体を通読して世界に視野を広げて現代のまちづくりの全体像を読みとっていただければ幸いです。。











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