まちづくりロマン

はじめに

 ふり返ってみると、長いこと新聞記者として、その後はフリーの立場から、全国の町や村の旅をしてきた自分にとって、まちづくりの取材というのはいつも戦いそのものだったと思う。話を聞かせてもらう相手からどこまで本心、本音を引き出せるか、大事なポイントをもれなく押さえ、そのうえで、ほかの人がまだ知らない逸話や秘話を聞き出せるかに必死になった。そのために「だれが」、「いつ」、「なぜ」を執ように繰り返し、「まるで刑事の取り調べのようだ」と言って叱られたこともあった。
 たとえ新聞記者であっても言わせる権利は持っていない。刑事の取り調べのようだといっても、刑事と違って話を強要したりはできない。話をするかしないかはすべて相手の決めること。話したいと思わなければ話さなくてもかまわない。そのような相手から話を聞くのが記者の仕事で、しかも、時間の制約もあるうえに、たいていは初対面。だから、なおさらむずかしい。
 話をしてもらうには、とりあえず話のしやすいところを見つけて始めてもらい、少しうちとけたころを見はからって「発端」に話を戻し、あとはそこから順を追って質問を重ねることで経過をたどる。気をつけなければならないのは「いつ」をとり違えないこと。間違えると正確な記事にはならない。「何年前」は絶対にダメで、必ず昭和、平成の何年かをたしかめる。わからないときには過去の事件や出来事などを持ち出して、それより前か後かを問い、相手の記憶を呼びさます。それによって相手が思い違いをしていたことがわかったりする場合もあるが、古い昔のことになると、いくら聞いてもはっきりせずに、向こうもこちらもイライラし、気まずくなったこともあった。取材というのはそういうことの繰り返し。だから戦いだと思う。
 私の取材は記事を書くためのものだが、この本を読んでいただくみなさんもまちづくりの先進地に出向くことがあると思う。それをふつうは視察というが、私はみなさんにも視察ではなく取材をしてほしいと思う。特にこれからまちづくりにとり組もうとしている人たちにとっては現場を見て、担当者から説明を受けるくらいの視察ではほとんどなにも役に立たない。でき上がったものを見ただけでは、つくり方まではわからないのと同じである。
 まちづくりの取材と視察が決定的に違っているのは、視察が主として「現在」を学ぶのに対して、取材は過去をさかのぼり、先ほど書いた「発端」つまり「原点」を見極めることである。原点というのはまちづくりの活動が始まった時点のことで、そのとき町や村はどういう状態にあったのか。なにが不足し、どんな悩みをかかえていたのか。そういうなかでだれが、いつ、どんなきっかけで、なにを目指して立ち上がり、行動を起こしたのか。仲間や資金はどうして集め、反対したり、ためらう人にはどんなふうに話をしたのか。法律、制度、前例などはどうして乗り越え、途中の挫折、失敗はどのように克服したのか。挑戦が少し軌道に乗ったとき、はじめに反対をした人たちはどうしたか。そういうことを探り出すのが原点を見極めることにほかならない。
 したがって、話を聞くのも最初に行動を起こした本人でなくてはならない。あとを引き継いだ現在の担当者では原点を語ることはできない。それが取材と視察の根本的な違いである。
 もちろん、記事を書くためでなければ「いつ」にはそれほど気をつかうことはない。むしろ、私がみなさんに取材をし、原点を見極めることをすすめるのは、それによってはじめて先進地と同じ土俵に立てると思うからである。でき上がったものを見る視察では、あまりにも相手が先へ進んで大きくなりすぎ、そうなると真似も見習うこともできず、「とてもそこまではできない」とあきらめる以外にない。
 ところが、原点にさかのぼると、そこは自分たちと同じ状況であることがわかるはず。いま、どんなに注目を集めている町や村でも、はじめはごくありふれた、ときには逆境にあえいでいたところもあった。そこでだれかが最初の一歩を踏み出したことによって先進地への道を開いた。それに気づけば、手がかり、ヒントの見つけ方やまわりの人にどう働きかければいいかという最初の一歩を踏み出すときの手法や心構えもわかるので、それなら自分たちにも可能だし、努力をすれば、いつかはこういう町や村に追いつくこともできるという自信が芽ばえ、先進地をたずねたことが意味を持つわけである。
 取材と視察のこのような違いをふまえたうえで、ここに掲げた十編のまちづくりのドラマを読んでほしい。いずれも「ぎょうせい」が発行している月刊誌「地方財務」に平成二年から十年間、百二十回にわたって連載した「亀地宏のまちづくり紀行」のなかから選んだもので、それを今回「学芸出版社」から単行本として出版することになった。取締役編集担当の前田裕資さんとていねいに校正、チェックをしていただいた編集部の井口夏実さんには心から感謝の気持ちを表したい。
 また、学芸出版社との間をとりもっていただいた有限会社「城市創事務所」の城市創さんと武田泰三さんをはじめスタッフのみなさん、連載中の写真を提供していただいたカメラマンの前田カツヒコさんにも厚く御礼を申し上げたい。
 本書をお読みいただいたら、できればそれぞれの町や村、都市をたずねて、これらのドラマのきっかけをつくり、筋書きを考え、演出をし、主役にもなったキーパーソンのみなさんに会って、改めて取材をしてほしい。それによってみなさんの町や村を新しいまちづくりの先進地として浮上をさせてほしいと思う。

平成十四年五月
亀地 宏


この十編のドラマの取材は連載中の平成五年から十二年の間に行い、今回、単行本として出版をするにあたってページ数の関係から内容の一部を割愛、また、若干の補足取材をしています。それによって最近の動きをつけ加え、登場をしていただいた方々の肩書に現職を付記したものもありますが、そのほかは原則として「地方財務」に掲載したものと同じです。なお、中央省庁名はすべて取材当時の名称を使っています。