『地域開発』((財)日本地域開発センター発行) 2001.7
『運輸と経済』((財)運輸調査局発行) 2001.9
世界でLRTおよび路面電車が運行されている都市数は1980年代から著しい増加を示している。『鉄道ピクトリアル』誌2000年7月臨時増刊号13ページ掲載の「世界のLRT開業都市一覧」の資料にもとづき、LRT(Light Rail Transit systems/新型路面電車)および路面電車の新規開業の都市を集計してみた。1980〜99年の20年間に合計で54都市に及んでいる。この表は当該都市への最初の導入=開業年をあらわしただけで、当該都市での、その後の新路線開設や路線延長についてはふれていない。営業路線キロの増加分析も必要であるが、いずれにせよ欧米でLRT導入が著しく増加していることが読みとれる。こうした潮流は「トラム革命」ないし交通ルネッサンスといわれる。
本書は、欧米諸都市で著しい増加を示しているLRTを中心とする路面公共交通機関に焦点を当て、実施されてきた多様な都市交通政策や施設の事例を紹介している。写真、図面や地図、表等データがふんだんに掲載されており、欧米LRT政策事典といえる充実した内容である。全体で3章構成となっており、第1章は「都市内公共交通の趨勢」と題して、ドイツ、フランス、イギリスおよびアメリカ合衆国という国別に、全体的な交通政策と路面公共交通機関の整備状況をとりまとめてある。
続く第2章は、都市別である。「都市と交通政策」と題し、欧米中心に32都市を取り出し、それぞれ2ページから3ページにコンパクトに都市の路面公共交通施設の整備の経緯および特徴、交通政策の取り組みの状況をまとめてある。これら32都市のすべてで現在、路面電車ないしLRTが運行されている。かつては路面電車があったが全面的に廃止された都市での復活例、あるいは以前から路面電車がなかった都市での新設例について、私は従来から関心をもってきたが、本書ではフランスのナント、ストラスブール、グルノーブル、パリ、ルーアン、イギリスのマンチェスター、シェフィールド、カナダのカルガリー、アメリカ合衆国のサンディエゴ、ポートランド、ロサンゼルス、ダラス、オーストラリアのシドニーと、計13の都市が取り上げられている。
第3章では「施策と施設の事例」と題し、第2章で取り上げた諸都市で導入されている交通施策や施設といった交通システムの工夫を34分野にわけて、具体的な都市を例示しながら解説を加えたものである。中央・路側・高架等走行方式や低床車両といったハード面の項目が多いが、運輸連合とゾーン運賃、住民参加と合意形成といったソフト面の項目もあげられている。
なお巻末には、「都市交通データと技術資料」が掲載されており、とりわけインフラ面と運営費面への助成制度が具体的にあげられているのは大変参考になる。
クルマ社会の到来の中で、路面電車を全面的に廃止してしまった欧米都市も多いが、最近になって新たにLRTの復活を見たストラスブールやポートランドをはじめ、いくつもの都市の状況がその経緯を含めて、わが国にすでに詳しく紹介されてきてはいる。しかし本書のように13都市を一覧で集大成したものはこれまでなかった。
日本でも欧米諸都市のLRT導入・復活の動きや地球温暖化防止や環境問題の深刻化を受け、路面電車に関する見直しの議論が起こり、LRTへの関心がここ4、5年前から急速な高まりを見せている。各地でLRT導入の芽が、とりわけ中心市街地の再生とのからみもあって吹き出そうとしている。LRTの新設を目指そうとしている都市をざっとあげると、小樽市/仙台市/宇都宮市/前橋市/さいたま市/東京都中央区/東京・東多摩地区/横浜市/川崎市/静岡市/名古屋市/金沢市/京都市/奈良市/枚方市/神戸市/松江市などがあげられる。
LRTは路面から段差なく乗り降りできる超低床車を使い、音も静かでデザインもスマート、スピードも速い。電気をエネルギーにしており、排気ガスは出ない。LRTはマイカー抑制の受け皿・環境問題の解決・地域開発・都心の空洞化対策などを具体化するものとして位置づけられ、ヨーロッパでは「上下分離方式」の採用で積極的に建設が進められている。アメリカ合衆国ではその導入を住民投票で可決するシステムも取られている。
日本では既存の豊橋鉄道のごく短距離の路線延長が実施されただけで、新設路線はいまだどの都市でも実現を見ていない。果たしてクルマ社会にどっぷりと漬かった日本の都市で、LRTの新設という大きな飛躍に踏みだせるのか、といった疑問も出されている。
しかしLRTの新設を現実化する要因は次のように、いくつも出てきており、LRTの導入は単なる可能性から、現実性の高いものになってきていると考えられる。
1997年12月京都で開催されたCOP3に先駆け、8月から熊本市交通局がドイツの電車メーカーの技術を導入し製作した超低床新型車両を1編成走らせており、これが「熊本効果」と称せられるほど全国発信を行った。ヨーロッパのトラム革命を日本の人々が具体的に理解し体験しうる条件が出来たのである。1999年6月からは広島電鉄がドイツから直輸入の超低床新型電車「グリーンムーバー」を運行しだした、「広島効果」も大きい。
LRTを現実に進めるには財源が決め手といえる。建設省(現・国土交通省)の補助制度が軌道建設に適用され出したことは大きい。日本でもっぱら新交通システムやモノレール、地下鉄の建設がすすめられてきたのは補助制度の存在が効いている。路面電車軌道整備への予算額は極めて少ないので、道路特定財源の使途を広げ、都市交通のインフラ整備・拡大に使用されることが望まれる。
ただLRT路線を新設しただけで都市交通が改善されるものでなく、統合的なTDM政策の導入により、都心に自動車をできるだけ入れない施策等の実施と相まって、21世紀の都市交通の主人公としての位置づけが展望されるのである。21世紀長寿社会を迎えての移動の自由、および都市における行き詰まった自動車社会の打開をはかるためには、ひとと環境にやさしい点と建設コスト・期間等で圧倒的に有利なLRTが早く都市交通で主役になるべきである。道路財源の投入や独立採算性の廃止等、従来の日本の社会的枠組みを変える必要があるが、そうした新しい枠組みを考える上で、本書は大いに役立つものと思われる。欧米で採用されている交通政策の体系的な情報をえることで、どのようにすれば日本にLRT導入がはかれるかの手がかりがつかめるからである。
2名の執筆者は在野の研究者である。西村幸格氏は建設会社勤務、服部重敬氏は大手私鉄会社勤務であり、ともに海外交通の研究会活動歴は長い。
日本は、大都市では高密な市街地を背景とした膨大な需要によって大量輸送交通機関の整備に成功した。しかし移動手段の中心を自動車に奪われてしまった地方都市や大都市近郊では、公共交通機関の衰退が深刻な問題となっている。大量輸送機関を整備することが難しいこれらの地域では、路面公共交通機関が問題解決の糸口になると期待される。実際、平成9年には「路面電車走行空間改築事業」が創設され、路面公共交通が交通政策の重要な一部分を占めるようになった。
本書は路面公共交通の整備に永年取り組んできたドイツ・フランス・アメリカなどの欧米諸国の事例を、図表や写真を豊富に使いながらわかりやすく整理した書である。国別の政策の取り組みを整理した第1章、先進的な都市の事例を紹介する第2章、そしてハード・ソフト合わせて34の様々な施策を整理した第3章から構成される本書は、都市交通の将来像を描く際の必携書となるであろう。
学芸出版社
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