都市と路面公共交通

は じ め に


  20世紀末を迎えて、わが国の路面公共交通にも、ようやく陽が当るようになってきた。路面公共交通とは道路上を走行する路面電車やLRT、バスなどで、歩道から最も距離の近い公共交通機関であり、ヒューマンスケールな乗り物である。
 路面公共交通をめぐっては、豊橋駅前広場の整備に合わせた路面電車の乗入れ、熊本市や広島市における低床式路面電車の導入、東京都や熊本市、金沢市などノンステップバスの普及、武蔵野市のムーバスや東急トランセ、金沢市のふらっとバスなど多様なコミュニティバスの開設など、新たな動きがでてきた。
 このような路面公共交通の新しい使い方や技術導入は、すでにヨーロッパでは30年も前からさまざまな取組みや開発、実用化が進められてきた。特に、ここ10年間のヨーロッパを中心とした路面公共交通の改善や再生は、都市内の公共交通機関としての地位を回復する勢いである。
 ひるがえって、わが国では急速な経済発展に伴う豊かな経済力、大都市を中心とした膨大な交通需要、高密度な都市空間、高い技術力などに支えられて新幹線や高速道路などに代表される都市間の高速交通体系整備、地下鉄や鉄道の都心乗入れや直通運転、コンピュータ制御の新交通システムなど大都市の大量輸送機関整備の分野で発展をとげてきた。
 しかし、地方都市や大都市近郊部では、人の移動は自動車中心に委ねられてきた結果、需要の減少、施設の老朽化によるサービス水準の低下、技術革新の停滞などから、公共交通の急速な衰退が進んでいる。こうした都市や地域・地区における公共交通は、行財政規模や自動車利用の高さなどを考慮すると大都市向きの大量輸送機関を整備するのは難しく、道路上を走る新しい路面公共交通が期待されている。また、大都市においても高齢化社会を間近に控え、中心市街地活性化のために、歩行者を支援する短距離交通システム等の導入が必要である。都市は少子高齢化、バリアフリー、地球環境問題など差し迫った都市問題解決のために次世代型の公共交通整備の必要に迫られているのである。
 このような背景のもと、本書は今後わが国において、路面公共交通をベースにした交通体系や都市施設の調査・計画に資することを目的に、欧米で実施されてきた先進的で多様な都市交通政策や施設の事例を紹介するものである。
 本書は3章で構成されている。第1章は路面公共交通分野で先進的な地域である欧州と北米の都市内公共交通機関の趨勢について概観する。具体的には、西欧のドイツ、フランス、イギリスの3カ国と北米のアメリカにおける大戦後の都市の発展に合わせた都市交通政策や整備の取組み状況、特に、都市内公共交通の中心であった路面電車やLRTなどの路面公共交通の整備状況と国や自治体の支援などについて詳述する。
 第2章は事例紹介する施設のある代表的な都市において、施設が整備された背景を明らかにするために、施設が立地している都市と交通の現状および特徴、都市交通政策の経緯と取り組み状況などをまとめた。
 第3章は本書の目的である都市交通政策や施設の事例を紹介する。事例紹介の前に都市交通施策や施設の大系を樹系図で整理したものを示し、施策や施設の位置付けや検索のためのインデックスとした。紹介方法は特徴的な施策や施設について、図表や写真などを中心にわかりやすい構成とした。  なお、巻末には資料編として都市交通データと技術資料、助成制度など共通項的な事項をまとめた。

 2000年11月1日  

 西村幸格・服部重敬


学芸出版社
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