飛躍する構造デザイン

書評


『建築文化』((株)彰国社) 2003.6
構造界の第一人者渡辺邦夫氏が、自作を通して思考のダイナミズムを語り、構造デザインとは何かを問う
 この本にはたくさんの人名が出てくる。建築家はもちろん、職人、学者、メーカーの人、政治家までもが実名で登場する。だから話が生き生きとして面白い。「モノづくりとしての構造設計」。渡辺邦夫氏の設計活動をそう呼んで差し支えないと思う。モノは人がつくるから、そこに人間模様が浮かび上がってくる。そんな協働者、共犯者たちに対する敬愛と感謝の念を著者は隠そうとしない。
 「構造」は論理から生まれ、ある意味で抽象的なもの。そして半面、現実的なものでもある。頭の中=無重力空間に概念としてある時それは純粋なものだが、重力、金力、時間力などに支配される現実空間に構造をつくりあげる作業は泥臭い手作業だといえる。
 構造デザインはそんな相反する2つの側面を張り合わせてひとつのモノにしていく行為である。「頭」が出すぎても「手」が出すぎてもいけない。本文中の言葉に即していえば、「頭」とは理念、マクロな視点、全体、「手」とは実践、ミクロな視点、部分、と読むこともでき、それらの統合こそが最も重要なのだと著者は説く。
 冒頭の2つの章と終章では主に構造デザインの「頭」の部分が述べられている。曖昧さを廃し、日常に即した内容なので、構造論というより一般的な思考の方法論として読んでも楽しめるだろう。
 中ほどに紹介されている5つのプロジェクトはどれもが個性的かつ挑戦的なもので、実現のための困難の数々は想像に難くない。しかし読者がそこに見るのは、逆境を創造に転ずるしなやかさ、何よりも仕事を愛し、楽しんでいる人の姿であると思う。
 エンジニアは慎重であると同時にポジティヴでなければいけない。そうでなければこの世界はつまらないもの、醜いもので埋まってしまうだろう。そんな主張がこの本から見えてくる。「飛躍する……」という言葉に、その想いがこめられているようだ。
(中田琢史)


『建築士』((社)日本建築士連合会) 2003.3
 昨年の夏の炎暑とW杯の熱気は今なお鮮明な記憶だが、その韓国のウルサンスタジアム建設に携わった構造デザイナー渡辺邦夫氏が著者である。
 この7章がまず目に飛び込んでくる。韓国の友人と組み、コンペを通過し、思いがけないウォンの大暴落も何とか耐え、膨大なアメリカ式設計契約書をクリアし、なお、設計の初志を貫徹するために「アジア的実質」を掴み、花を咲かせていくプロセスは、その構造計画の綿密な解説とともに、実に痛快、開眼するところ多々ある。
 また、著者の代表作として衆知な東京国際フォーラムは5章にある。米国のラファエル・ビオニオリとの共働でN.Yと東京を飛行する中で、北極にさしかかった時にあのガラスホールの構造を決定した。「効率を求めて、短いスパン方向に構造を架け渡すことは止めよう。逆に長い方向に、何か巨大な構造が空中を架け渡ることを考えたらどうだろう」と飛躍した。国境を越えて仕事で雄飛する姿は超人的ですらあるが、実は様々な苦労話の集積である。
 しかし、この本の目的は、読者が少年時代から構造を愛し、その美を実現したいと育つように、その「構造デザイン」の考え方とその手法を解説しているのである。
 まず、1章にデカルトの「方法序説」が出て来る。「懐疑」である。そして「思考」を順序立て、最も単純で最も認識し易い対象から登りつめ、複合に至る。そして終章に、全体と部分との分析と統合こそが「鍵」であり、ここに、「構造デザインの実践の原点があり、飛躍するデザインの可能性がある」と結んでいる。
 若者の心を鼓舞してあまりある書である。

(吉田 あこ)


『建築士事務所』((社)日本建築士事務所協会連合会) 2002.11
 構造デザインとは構造のあり方をそのまま建築表現することで、構造がつくり出す美しい空間のプロポーション・躍動感、すぐれた居住性を実現する構造計画の手法である。第一人者が近年の代表作品への取り組みを語る。


『建設通信新聞』(日刊建設通信新聞社) 2002.11.19
構造技術に潜む「解」追求
 タイトルにある「構造デザイン」を、著者は「個々の建築の固有の構造上の性格を引き出し、空間に秩序を与え、技術工学を駆使しながら全体と部分との確かな統合を図ること」と定義付けている。
 構造設計は、建築の大量供給に対応するために法規や規準という手法で形づくられ、その一方で建築要求の高度化に順応する構造設計家が存在し、技術の2極化を招いている。
 とくに建築の低コスト化が促進する中で、工期短縮や機能の統合といった建築要求を満たす必要が問われていることから、構造デザインからのアプローチが欠かせないとは著者の視点だ。
 本書は、機能美を追求する構造家である著者が偉大な構造家の足跡を辿りながら、新しい建築のあり方を示し、構造デザインの役割を提案している。幕張メッセや東京国際フォーラムなどを事例に、さまざまな構造技術を駆使して導き出した「解」についての可能性追求の書である。
 「プロジェクトが自分の体内に流れ込み、『解』はこうではないかと自然に描かれる」と語る著者の言葉には、構造設計の魅力が広がっている。片手に規準書を持ちながら、コンピューターを抱えていれば構造設計ができると自らの思考を停止してしまった構造技術者への警告でもある。


『建築知識』(潟Gクスナレッジ) 2002.11
 本書は、構造デザインとは何かを、著者自身が手がけた建築を通して、紹介していくものである。
 大部分は幕張メッセや韓国のサッカースタジアムなど、国内外の大規模施設の構造デザインの解説となっている。ディテールに関しては、施工途中の写真や部分の詳解図面を用いて補足。PC、集成材、鉄、ガラスなど、プロジェクトごとに変わる材料の組合せや条件のもと、どのような工程で建築が完成したのか、デザインの狙いや完成後の効果を軸に、克明に記されている。
 ただ著者の手がけた作品を羅列し、持論をひたすら展開しているのではない。著者による事例を通して、建築設計における構造デザインを、総論的に理解できる構成になっている。構造デザインに詳しい方にも、勉強中の方にも、おすすめの1冊である。

『新建築』(叶V建築社) 2002.11
 著者の渡辺氏は「自分がやりたいのは構造設計ではなく構造デザイン」とよく語っていた。彼のいう「構造デザイン」とは、法規・規準書に載っていることをコンピュータに打ち込んでやればできるものではない。著者は「個々の建築の固有の構造上の性格を引き出し、空間に秩序を与え、技術工学を駆使しながら全体と部分との確かな統合を図る、それが『構造デザイン』である」と断言する。本書は「構造デザイン」の考え方や手法を自作への取り組みを通して語ったものである。

(Q)

『新建築住宅特集』(叶V建築社) 2002.11
 緩やかな曲面屋根が軽快にのっている「幕張メッセ新展示場・北ホール」や、PCと集成材による美しい屋根架構をもつ「海の博物館」など、さまざまな建築の構造設計で知られる著者が、「構造デザイン」の考え方や手法を、自ら手がけてきた建築を通してまとめた一冊。上記の建築などを含めた代表的な5つの建築が取り上げられ、建築家とのやりとり、発想のきっかけ、構造手法、構造材の選択など、具体的な設計過程が読み取れる構成になっている。また、終章「ブラックボックスからの脱出」では、専門分化が進みすぎている現代科学において、総合技術が要求される建築をどのように構築すべきかを、著者独自の視点からまとめている。


『防水ジャーナル』(新樹社) 2002.10
 建築個々の構造上の性格を引き出し、空間に秩序を与え、技術工学を駆使しながら全体と部分との確かな統合を図る、それが構造デザインである。そこに新たな空間、飛躍するデザインを生み出す唯一の可能性が秘められている。「構造デザイン」とは何か、その考え方、手法について紹介するのがこの本の目的である。内容は第1章から終章までの全8章で構成されており、第6章では札幌メディアパークスピカを例に「開閉式ガラス屋根」について解説している。

『省エネルギー』(省エネルギーセンター) 2002.10
 構造デザイン、とは何か。個々の建築の固有の構造上の性格を引き出し、空間に秩序を与え、技術工学を駆使しながら全体と部分の確かな統合を図ること。
 むずかしい話はやめよう。たとえば「幕張メッセ」である。展示会で一度は行かれた方も多いはず。著者・渡辺氏が構造設計監理で手がけた作品の一つだ。
 渡辺氏は1963年日大理工学建築学科卒業、構造設計事務所を経て69年に独立、構造設計集団(SDG)を設立、現在に至る。70年代から80年代にかけ建築界は安直なラーメン構造で、デザインというよりお化粧を施すという設計がもてはやされていた。嫌気がさした渡辺氏は事務所を閉鎖しようとしていたが、そんなとき建築家・槇文彦氏が幕張の大型プロジェクトのコンペに応募、有力視されているという話を耳にした。
 渡辺氏は当時46歳。槇事務所に行き「僕はいま実力も体力も充実している。こんな大きなプロジェクトを短期間に完璧に仕上げられるエンジニアは、日本には僕しかいないはずだ」と言うと、槇氏も「私もいま最も充実している」と言われたというエピソードが紹介されている。話を元にもどそう。
 幕張メッセの飛行機の翼のような巨大な空間、その構造とデザインをどうするか。広大な土間面、床と鉄骨造りの大屋根の立体的構成、さらに屋根を支える柱と位置、力学的特性、存在を明確にするためのデザイン─これらが一体となって、あのユニークな展示ホールが生まれたのである。専門用語や数式がほとんどなく、素人が読んでもおもしろい本だ。










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